the happy few

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中学生の魂はいつまで

今から13年ほど前に、死ぬほどハマったジャンルがある。テニスの王子様。私にとってありとあらゆるオタク活動の源泉はこれで、まさかこんなに息の長い作品になるとは思っていなかったけれど、この作品を経て得た、特に友人関係は大きかったので、今でも許斐先生には足を向けて寝られない。

この作品の中に、ラッキー千石と呼ばれるキャラクタがいる。もちろん(?)中学生、テニスプレイヤなのだけれど、「(俺って)ラッキー」が口癖で言葉通り運がいいのだ。13年間、このキャラクタのことがすごく好きというわけでもなかったのだけれど、何故かふと13年前に考えたことを思い出した。
ラッキーというけれど、人類のラッキーの総量はきまっているのではないか? 誰かがラッキーと思う傍らで、誰かがアンラッキーというはずれくじを引いていることが多いのだとしたら、ラッキーを重ねる千石はいつかどこかでしっぺ返しを食らうのではないか。

…とそんなことを考えて文章を書いた記憶がある。今考えると、ラッキーひとつでどれだけ規模の大きいことを考えているんだ、と少し可笑しくもあるけれど、こんなことを思い出したのは、テニスの王子様がまさかのアプリゲームをロンチしたことと、私自身がラッキーに見舞われすぎて少し不安になったことに起因する。

最近は複数ジャンルを追っかけているので、チケット取りの抽選などで運を使うタイミングが多いのだけれど、今年は何故か異常に運がよく、ちょっと来年以降の運気を脅かしているのではと思うくらいだった。特に11月。予約が取れないことで有名な京都の和食のお店の予約を力技で取り(お店の方に「よく電話通じましたね!」と言われた)、例のテニプリ(今年に入って再熱した)映画の応援上映チケットを抽選で当て、例のアプリゲームでは欲しかったSSRカードをあっさり引き、来年の椎名林檎のツアーチケットも無事に当て、極めつけは椎名林檎が出演した音楽番組の観覧を当てたことである。チャレンジした分だけ結果が出ていてそれをラッキーと呼んでいるだけ、という考え方もできなくはないけれど、あまりに結果が出すぎていて何か憑いているのではと疑う。いや、むしろずっと憑いていていただきたい。


11月25日は私にとって少し特別な日で、なぜならこれまでの人生を伴走してくれたクリエイタの誕生日であり命日であるからだ。私の中高時代は椎名林檎の音楽とともにあったから、今でも彼女の曲たちはメランコリックでノスタルジックで生身の感情をむき出しにさせるためのボタンだ。大人になって隠すことがだんだん上手になってきた、刺々しくて傷つきやすくて定まらない感情が、メロディや歌詞に刺激されるのを感じるとき、私はあっさりと過去に屈するしそこへ立ち戻ってしまう。滲んだ声のハミング、マフラーに埋めた唇で。あるいは浴室で。

だから彼女の誕生日から数日後の番組観覧に行ったとき、もうほとんど麻痺しそうなくらいにいろんな感情があふれ出て自分で整理をつけることが困難だった。たぶん一番は、生きていてくれてありがとう、生きていて創作活動を続けてくれてありがとう、という気持ち。彼女の音楽を道しるべにして、あるいは背中を支えてもらって、ここまで生きているという感覚がずっとあるから。

11月のなかばに、三島由紀夫の『告白』という本を買った。彼のインタヴュと、『太陽と鉄』という作品が掲載されている本。読み始めるのは11月25日まで待った。47回目の命日。彼のことに関する論文を書いてもう10年が経つけれど、未だにもっと知りたいし、その失われた流麗な言葉たちの波に漂っていたいという欲求が生まれることがある。私の心を揺さぶる物語であるというよりは、もう今は殆ど残っていない言葉や文体という空間に惹かれているのだろう。もしかしたら私が歌舞伎を熱心に観るのも、同じ欲求によるものなのかもしれない。


創作を続けるためには現実を生きてはならないという考えがいつからかどこかにあって、だから大人になることを恐れていた。大人になって得た言葉もあるけれど、多くはみずみずしさと共に失われてしまったという感覚がある。でも、ここのところもしかしたら大丈夫なのかもしれない、現実に蝕まれていてもやっていけるのかもしれない、と思い始めた。それは、テニスの王子様だったり椎名林檎だったり三島由紀夫だったり、色々な作品やクリエイタを媒介として、あの頃の言葉を再度獲得できるような気がしているからだ。

三つ子の魂百まで、というけれど、三つ子であったころの記憶はあまりなくて、私にとってプリミティブとも言える記憶や感情は大体が中学生のときのものだ。この魂は、いつまでアクセス可能であってくれるだろうか。