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わかりやすい恋

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三島由紀夫のSF、『美しい星』を読んだ

三島由紀夫の『美しい星』を読んだ。

 

美しい星 (新潮文庫)

美しい星 (新潮文庫)

 


三島作品の中では異色とされるSF。
自分たちのことを人間だと思って暮らしてきた一つの家族(大杉家)が、空飛ぶ円盤と遭遇することで自分は宇宙人であったと認識し、人類を核兵器による滅亡から救う活動を行う。一方、同様に自分たちを宇宙人と認識し、人類の滅亡をたくらむ大学助教授を筆頭とした3人が現れ、対立する。

前半はその家族たちの暮らしや、宇宙人と自覚することでの生活の変化を丁寧に描いている。特に暁子という娘(金星人)への描写が多いのは、美への描写が多い三島ならではともいえる。
全体的には、『憂国』などと比べるとかなり読みやすいというか、間口を広げて書いた印象を受けた。でも相変わらずニヒリスティックな台詞、美しい比喩、文体、アイロニーなど三島らしさは随所にちりばめられている。
特に後半部分で、家長である重一朗と羽黒助教授たちとの舌鋒の鋭さはやはり三島、と唸らせられた。ただ一方、言葉によって相手に理解してもらえる/もらいたいと思うがゆえに言葉を重ねていくところはなんとも人間らしく、その矛盾の見せ方が巧いなあと。
地に足が着いたSFというとおかしいだろうか。実は宇宙人だったという突拍子もない設定にもかかわらず、そのありようがなんとも人間らしいのでそこに現実を見てしまうのだ。

 

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三島は『椿説弓張月』など歌舞伎作品も書いているが、それについて作者本人が言及しているところはくすりと笑ってしまった。

どうしても三島作品を読むと、彼の自刃への影響について勘ぐってしまう。
『美しい星』を日本、地球人を日本人と置き換えれば、もしかしたらこの小説は彼の政治的思想を下敷きにしているのではないか、と考えることも出来る。ただしフラットな視点から書かれているところが他の作品と違うかもしれない。そういう点では、前のめりではないというか、一歩外側から眺めている書き方であるともいえる。
自分の手で守るのか、壊すのか。どちらにせよある意味愛情表現の一種だ。そしてこれは三島の思想の核の一つなのではないかと思う。

2017年5月に、大杉家父役にリリーフランキー、娘暁子役に橋本愛といった何とも面白いキャスティングで、しかも『紙の月』『桐島、部活やめるってよ』の吉田監督が映画化するというのでとても楽しみ。原作の台詞まわしをどう脚本に落とし込むのか、今から気になります。

 

リリー・フランキー×亀梨和也×橋本愛『美しい星』特報 - YouTube
予告編もいい感じに胡散臭い。
劇場に見に行く前にもう一度読み直したいところです。