わかりやすい恋

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ひとりで食べたっていいじゃないか

人と話しながらご飯を食べるのが苦手だ。


まず食べるペース。早すぎて先に食べ終わってしまっても相手を急かすようでいやだし、遅すぎて相手を待たせることもしたくない。どちらかが食べ終わった後で一方が食べ続けているときの沈黙の、気まずさたるや。
かといって、沈黙しながらご飯を黙々と食べるのもなんだか気まずい。仲が悪いみたいだ。実際には大方の割合で、一緒にご飯を食べられる程度には仲がいいはずなのに。そこに漂う「気を遣っていますよ」という空気で、ご飯がぜんぜんおいしくない。
それから、特に麺類を食べているときに向かい側に座られたくない。ご飯を食べるとき、特に麺をすするときの間抜けな顔を見られるのではないか、と思ってタイミングをはかるのが難しいし面倒だ。

勘違いされないように記しておくと、おいしいものを食べることは大好きだ。携帯のメモにはいつも、気になったお店や行ってみたいお店をずらっとメモしている。それから、ひとと話すことも好きだ。人前で話すのは苦手ではないし(営業だったからしゃべるのが仕事みたいなところもあったし)、気の置けない友達と5時間電話だって昔はよくしたものだった。

もちろん誰とでもうまく一緒にご飯を食べられない、というわけではない。家族やものすごく仲のいい友達(もうあまり友達と思ってない)は例外だ。特に彼女に関しては、高校時代に学食でいつも対面でなく横並びで食事をしていて、周りに不思議がられたことを懐かしく思い出す。横並びの方が近いし声を張らなくていいし、声が聞こえないなんてこともないし、いいですよ。異性とも横並びが好きだ。

思うに、原因はふたつある。
まずひとつは、幼いころに3人以上で食事をする回数が少なかったこと。父が激務であまり夕食を共にすることがなかったため、基本的には母と二人(+テレビ)で食事を摂っていた。このとき、話すのはもっぱらテレビの役割で、私とは母は合いの手を入れるなり相槌をうつなり、オーディエンスの役割を果たすことが多かった。対母に対しても同じことが言えて、彼女の話を聞くことが多かったように思う。というか今でもそうだ。
もうひとつは、食事を摂るテーブルが円卓だったこと。四角ければ対面が必ずいるが、円卓がゆえに目の前にあるのはキッチンであったり、壁であったり、冷蔵庫であったりとそのときどきのレイアウトによって異なる家具だった。人間ではなかった。だから恐らく私は、必要以上に対面の人間の視線を鋭いと感じてしまうのだろう。

気を遣っているそぶりをあまり見せずに、にこやかに和やかに(初対面もしくはそこまで親しくない他人と)食事を摂れる人を見ると、本当にすごいと思ってしまうのだ。