すっごく今更、LA LA LAND

タイトルの通り。観てすぐには言葉に出来なくて、でもいつか観て感じたことを書きたいと思って、あれから4ヶ月経ったいまやっと書けるような気がする。

評論なんて大それたものではなく、あくまでもこの映画と私との距離でしかないのだけど、もう上映も大体終わってTwitterでも特にこの作品名を見かけなくなった今、音楽や瞬間瞬間のシーンを思い出すということは私の記憶に残っているということで、だから自分にとって書いておく意味はあると思う。

 

LA LA LANDを記憶している理由はタイミングが大きい。結婚式・入籍を約1週間後に控えた2/24、当時の婚約者であるところの夫が海外出張に行っていて久しぶりに一人きりで数日生活した最終日、映画好きの人が面白いと言っていたからというだけの理由で観に行った。まだ寒かったけれど映画館ではジンジャーエールをのむときめていて、品川のIMAXの巨大なスクリーンを前にちびちびと飲んでいた。

エマ・ストーンの肩から二の腕のラインがセクシーで好き。もっとワンピース着てほしい。音楽に引っ張られている映画だと思った。"A Lovely Night"のところでは歌詞にくすっと笑って、でも気づいたら二人が恋人になっていて驚いた。似た境遇の相手を好きになるとき、それは相手のことが好きなのか、それとも自己投影できる相手だから好きなのか、ごっちゃになってしまいそうだな、と思った。ミアはセブで「成長でき」るの?(©︎映画モテキ)的な。

色々引っかかるシーン(好きなのか嫌いなのかよくわからないけど、なぜか印象強く覚えている、という意味で)はあったけれど、最後の方はただただ残酷に感じられて、つらかった。だから上映後いちばん初めに思ったのは、「観てしまった…」。この映画は私にとってラブロマンスじゃなくてファンタジー。だって「あのときもし違う道を選んでいたらどうなっていたか」なんてファンタジー以外の何者でもない。しかもそのifが、現実と一緒に並べられるなんて残酷すぎる。

一人で観てよかった、とも思った。私の隣で花金を過ごしたカップルはどう思ったんだろう。上映後気まずくなかったのかな。少なくとも私はもう隣にいない、かつて隣にいた人たちに一瞬もしくはそれ以上思いを馳せた。それはあのころに戻りたいというような未練ではこれっぽっちもなくて、ただただ反実仮想、ただしこの上ないリアリティを伴ったもの、だったのでごりごりメンタルを削られた。しかも式直前、「今日はこれまでの人生で一番幸せ!」オーラを出そうという日が近づいているときに観る映画じゃなかった……。それなりに忙しかったからずっと引きずったわけではないけれど、それでもtwitterでその名前を見たり、音楽を聴いたりするだけで、劇場で感じたあの気まずさ、残酷さ、居心地の悪さ、を思い出していた。

 

で、ハネムーンの機内で『秒速5センチメートル』を観て思ったんだけどこの二つは似てる。と思って検索したら結構言及してる人がいて、まあそうですよね…って感じ。

ただ、あくまで『秒速〜』は現実的であるのに対して、LA LA LANDは演出的に夢→現実の浮遊感があって、それがますますファンタジーっぽさを感じさせているのかなと思った。

私はLA LA LANDで泣いたけど、『秒速〜』はさっぱり。あとはLA LA LANDの方が今の年齢に近いからっていうのもあるのかなあ。『秒速〜』で泣いた男性諸氏がLA LA LANDを観てどうだったのかも気になります。

 

しかしサントラ聴いてるとすごくルンルンになれるのに、映画のあらすじ思い出すとうっ……ってなる映画もなかなかないね。

おいしいごはんと「何もしない」の国、ギリシャへ

なぜか毎年夏前後は忙しく、いつも夏休みが10〜11月になってしまうのだけれど、今年は結婚の特別休暇をもらって(私も夫も7日ずつもらえる超絶ホワイト企業、ありがたや)、真夏のギリシャへ行った。 

新婚旅行は「トランジットしないといけない遠いところ」ってオーダーだったので、夕日が綺麗で有名なサントリーニ島をリクエストして、ついでにせっかくだからアテネにも行った。結論めちゃくちゃよかった。行く前は「人生に一度かな〜」とか思ってたけど、なんならもう一度行きたい。思い出はホットなうちに記録しましょう。

 

アテネ

カタール航空(乗る1週間前にカタールが断交されてひやひやしたけどなんとかなった、座席狭いけど機内食がおいしかった)で羽田→ドーハ→アテネへ。ドーハいつまで経っても覚えられない、「あの悲劇のとこ…」ってなる(ドーハの悲劇がなんなのかもよくわかってない)。

 

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アテネ、街並みがすごくキュートだった。ところどころ読めない文字があるけど笑、屋根がピンクだったり明るい色が多くて、しかもめちゃくちゃお天気がいいのでラテン系な気持ちになった。うれしー!たのしー!はっぴー!

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アテネで一番古いお家も可愛い。

 

あといたるところに猫がいて、いろんな国の観光客がいろんな鳴き声の真似で気を引こうとしてておもしろかった。猫様の前では万国共通で平伏すしかないのだな。

 

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パルテノン神殿も見に行った!遺跡とかまるで興味ないけど、実物を見ると「これ昔の人間が作ったのか…すごい…」ってなる。アクロポリス遺跡自体丘の上にあってちょっとした山登りだった。スニーカーとジーンズで大正解。

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直射日光浴びまくって暑い&熱い。みんなセルフィー撮りまくっててそれを眺めるのも楽しかった。ちょっと下覗くと怖いかもしれない。

 

あと博物館に行ってギリシャの不憫な歴史を観て(パルテノン神殿がいろんな国にされたい放題だった)、それ以外はホテルのプールでちゃぷちゃぷしたりご飯食べたり。ほんとうに、いい意味ですることがない。さよなら強迫観念。

 

ギリシャ料理、特においしいイメージはなかった(ガイドブックみても「必ず出てくるパンとオリーブオイルが美味しい」とか書いてあって「……つまり料理はいまいちってこと?」とあまり期待してなかった)けど美味しいものだらけだった!本当に!

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 いつもムスカって言っちゃうムサカ、ナスのラザニアっぽいもの。

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 奥がトマトとピーマンの詰め物、右側がほうれん草のパイ、手前がザジキ(オリーブオイルとにんにくとチーズ?)。パンとお酒が進むよ……

 

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ミシュランとってるPremièreの5皿コース、ワインペアリングつきで€85ですっごいコスパよかった。フォアグラのテリーヌ!!!

 

そしてサントリーニ島

アテネよりさらにすることがないサントリーニ島。早朝にアテネを出て、エーゲ海をフェリーで渡ります。

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海も空も青すぎて笑っちゃうね。

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 バルコニーの景色。ホテルはThe leading hotels of the worldを参考にして決めました。スタッフがすごく親切でよかった。

 

とにかく日差しが強く、日焼けすると真っ赤になって悲惨なことになる夫婦なので、11〜18時は活動不能という事態に。暑すぎて5分歩くだけでやる気を削がれる。そりゃシエスタするよね…っていうレベルだった。

だから毎日9時過ぎに起きて、10時くらいに朝食を摂って、お昼寝したり読書したり日陰でぼーっとしたりして、15時くらいにしぶしぶ軽いお昼を食べに部屋を出て(それでも最寄りのレストランしか行かない)、また戻ってきてジャグジーちゃぷちゃぷしたり読書したりして、20〜21時に夕食。食べてるのに動かなさすぎていっそ不健康。

サントリーニ島二日目のお昼くらいに、「あ、これあと1週間続けるともう現実に帰れなくなるやつだ」と悟った。そのくらい悠々自適、気ままな時間だった……。

 

海に面してるのでもちろん海の幸がおいしい。ほとんどお肉は食べず、ずっと魚介類を食べていた気がする。毎食毎食幸せな気持ちになったけれど、特においしかったものを載せます。

@Aegeon

エビがいい感じに塩気が強くてビールが進む、青い空の下海風を感じながら飲むビールは言わずもがな!

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@Aegeon

トリュフ香る野菜のリゾット。トリュフ別に好きじゃなかったけど香りが強くて美味しかった……

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@Anogi

ギリシャは基本的に無干渉無関心な感じのさっぱりした接客が多かったんだけど、ここのレストランは愛想が良かった、そして続々とお客さんが来る人気店。この蛸のおいしいこと!素材もソースもいいんだろうな。

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@the Athenian house

リゾートなのでお高めのレストランはたくさんあるんだけど、その中から選んだのが、夕日が綺麗に見える街イアと宿泊地イメロヴィグリの間にあるこのお店。で食べたロブスター、身がぷりぷりで食べ応えがあって海老好きにはたまりませんでした……

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あとワイン発祥の地らしく、ワイン博物館があったりもして、滞在中たくさん飲みました。フライト時間はなかなかかかるけど何故かNYに行ったときよりはしんどくなかった笑。またいつか行けますように!

おとなになるっていうのは

この1年くらいで、来るぞ来るぞと言われていた結婚出産ラッシュが本当に来ていてびっくりしている。自分自身割と早めに結婚しておいて何を言うか、という感じもするけれど、友人の結婚報告を聞いたりFacebookで妊娠・出産報告を見たりするたびに、本当にもう第一波が来たんだなあとしみじみしてしまう。

結婚してから4ヶ月、いろいろなひとに会ったけれど、特に高齢の人もしくは若い男性に「子供は?」と聞かれる確率が高い気がする。若い女性、つまり同年代の友人たちはむしろ自分のことに精一杯で聞かないのかもしれないし、デリカシーが備わっていて聞かないのかもしれない。聞いてくる人たちはおどろくくらいあっさりと、あっけらかんと、さも当然かのように聞いてくる。「子供はまだなの?どうするの?」って。

こう聞かれることに怒っているわけではない。ただただ純粋に驚いてしまうのだ。結婚したら子供を産むんでしょう、って当たり前に考えられていることに。きっとそれがマジョリティなのだろうということに。
私自身の答えはいつも決まっていて、「うーんそのうち、あと2、3年したらね」。もちろん選択肢としてはあるけれど、子供を産むために誰かと結婚したかったわけでも、結婚したわけでもない。そして何よりも、子供を産んでしまうことの不可逆性を、いまは恐れていると思う。

 

そもそも1年半くらい前まで、ひとはどういう条件が揃った時に結婚しようだなんて思えるのだろう、と不思議だった。一生一緒にいるひとを暫定的とはいえ決めちゃうなんてリスクでしかないし、何が起こったらそんな大きな決断をできるの?と思っていた。親をはじめとした既婚者に、「なんで結婚しようと思ったの?」と難しい問いを投げかけたこともあった。そのたび大概歯切れの悪い答えが返って来て(「なんとなく」「そういう流れで」)、なんじゃそりゃ…と思っていたら本当に自分も「そういう流れで」結婚してしまった。

 

でも結婚と出産は決意のレベルがまったくちがうと思う。離婚はできるけど、一度産んでしまったらもう母親という役割から逃れられない。会社員だろうが専業主婦だろうが、その前提の母親という肩書きは消えない。

そんな不可逆を私はまだ受け容れられないと思う。一方で、同級生や先輩たちがどんどんそれを受け容れていくのをみて、ただただすごいなあと思う。25歳やそこらでもう、それから先の人生ずっと誰かのお母さんであることを選べるなんて、ほんとうにすごい。

 

たぶん私はまだ子供なのだと思う。自立していない誰かの責任を負う覚悟がまだない。「大概の母親はそういうものだよ、産んでからそうなるんだよ」、という意見もわかるんだけど、そもそもその誰かに自分の時間を最優先で遣いたいと思えない。まだ他にやりたいこと、やるべきことがありすぎる。働いてる場合じゃないとすら思うのに。

結婚してもおとなにはなれなかった。自分で稼いでいるというだけで、まだどこか逃げ腰だ。「子供を持てば軈て苦痛も失せるのか」、この歌詞がここ数年になって染みるようになった。

 

来週26歳になるのだけれど、実は30歳になるよりも大きな壁を越えるのではないかと思っている。25歳までの5年間も色々あったけれど(就職、転職、結婚)、これから30歳までの5年間で、たぶん私の残り時間の遣い方がおおむね決まるような気がしている。

 

未来の自分が納得して、後悔しない道を選んでいかなきゃなあ。ほんとうはDINKSのうちに貯金しておきたいのだけれど、子供がいないうちじゃないとできないことをしなくちゃと思って、時間の有限性に焦る今日このごろ。いまのうちにたくさん、友人と旅行に行ったりいろんなものをインプットしたりしたい。

人生初めての占いで泣いた話

ここ数年ずっと悩んでいることがある。それは数ヶ月に1度くらい、何かの症状のように現れては消え現れては消えていく悩みなのだけれど、ずっと悩んでいるだけで行動に移さないからその程度、とも言えるし、ずっと悩んでいるくらいなのだから本当によほど、とも言える。

多分これは周りの人に納得してもらえると思うのだけど、私はあまり占いに興味はないし信仰心(宗教に対する、ではなくむしろ人間の発する言葉に対して)は低い方だと思う。
けれどたまたま、ひょんなことから占ってもらうことになった。

土曜の午後を友人とべったりまったり過ごしていた私に、合流した友人が「占いできるバー行く?」と土曜の夜に相応しい提案をしてくれて、連れて行ってもらった。
よくある雑居ビルのバーで、案外明るかった。占いってきくと陰気なあやしい人がいるイメージだったけど、朗らかな初老の方がきびきびと動いてらして。
「おくすり」というアルザスの奥深くの修道院で作った薬草で出来たカクテルをいただきながら、頭の中ではGo!Go!7188の「おとなのくすり」が流れる。ちなみに「おくすり」はものすごく複雑だったけど、後を引くお味だった。また飲みたい。

ひと段落したところで、カウンターに座る私たちにマスターが「そろそろ始めましょうか」と声をかけてくれる。
妙齢の悩み多き女性3人、占ってもらうトピックには事欠かないけれど、友人二人は恋愛、私は人生についてタロットで占ってもらった。
ひとりひとりへの占いスタイルが異なって、ギリシャ十字とかケルト十字とか(うろおぼえ)使用するタロットの枚数とその配置がぜんぜん違っておもしろい。
タロットの持続効果は3ヶ月程度とのことで、9月くらいまでの指針をもらった。

本当に全然占いなんて信じてないし、それまでカウンターでわあわあ喋っていた私たちの会話を聞いてそこから出てきたタロットの意味と掛け合わせてストーリー展開してるんじゃないの、とか穿った見方を思わずしちゃうのだけれど、それでもそのときマスターが言ってくれたタロット占いの結果は、私が冒頭に書いた悩みを考える中で言葉にしないけれど頭のどこかでうっすらと予感していることを予言していて、見透かされているという驚きと背中を押してもらったことへの安堵、喜びが大きくて泣きそうになった。
近しい人や大切な人の言葉にももちろん救われるときがあるけれど、こういうその時通りすがった人から貰った言葉って関係性という文脈がないから余計に色濃く印象に残る。頭の中でぴかぴか光っている。
私も誰かにとってそういう言葉を残せる人になりたいなあ。

普段自分から見ようとしないもの、行かないところ、に連れて行ってくれる友人や偶然や時間は本当に尊いな、と思いながら帰る足取りがとても軽かった。

あと数十回の季節

自覚はしていたけれど案の定4月は4月というだけで調子が悪く、何かを書いては消してを繰り返しているうちにゴールデンウィークがきて過ぎ去っていった。

この季節もあと数十回しか経験できない、と思うと少しは好きになれるかと思ったけれど、この一週間の夢見の悪さはもう笑っちゃうほどで、主に生きてるけどもう会えない/会わないだろうひとたちのオンパレードだった。昔から中長期休みは、精神的にどうやり過ごせばいいのかがわからなくて結構鬱々としていた、なんてことを思い出す。

それでも今年はそれなりに楽しいこともあったから、いつかの自分のために記録しておく。

 

・初めてニコニコ超会議に行った

毎年ひとのポストを見て開催を知るニコ超だけど、今年は夫さんのおかげで行けた(チケット的な意味とモチベーション的な意味で)。予定していても当日そのモチベーションを保っていられるかどうかが定かじゃないところはわたしの長年の欠点だという自覚はある……。

ニコニコは高校生の時に膨大な時間を費やしたコンテンツだった。当時はSNSなんて流行ってないから、好きな歌い手さんとか実況のひとの動画のURLを友達のPCメアドに送りつけて見て!!ってするのが主流だった。スマホすらないし。どうにかして動画をiPodに入れて、それをイヤホン半分こして視聴するくらいがせいぜいだったあの時代。

しかし一方夫さんはニコニコ動画を見るという文化はなく、「ボカロとか聞かなかったの?」「聞かないねえ」「ゲーム実況とか見なかった?」「…見ないねえ」「……なにしてたの?」「……勉強?」と学年2つ違いの高い高い壁を見せつけられる有様。ニコ超行って楽しいのか?と一抹の不安を抱えて参加したけど、結果的にはめちゃくちゃ満喫できた、というかエモかった。

某航空会社のブースに行ったりテレビちゃんのフェイスペイントしたりといろいろ楽しんだけど一番は超歌舞伎だった。元々ニコ動ユーザー、かつ歌舞伎を卒論に使ったくらいだから刺さるかもなとは思っていたけど。

だってニコ動はもうマイナーコンテンツじゃなくなっていた。地下ドルとかバンドがメジャーデビューするのを見るときともまた違う、うーんなんだろう、自分の居場所を見つけたんだなって思った。いじめられっ子が輝いてるのを見てるのに近いのかな。知ってる人とか好きな人はごく限られてると思ってたコンテンツが、たくさんの人に愛されて応援されてるのを生で見るのはなかなか、大きなエネルギーを感じる体験だった。好きっていう感情エネルギーはほんとうに無敵だよ。

獅童さんは古典のときは見ようと思わないけど、今回みたいなロックっぽいのは合ってるし映えてた。そしてこの、ひとがやらないことをやって新しいものを作っていく、ってスタイルはどうしようもなく歌舞伎のそれだと認めざるを得ない。傾いていた。

ミクの調教すごいとか音楽ジャズっぽくしてておしゃれとかいろいろ思うことは他にもあったけど、いつかあの頃ニコ動を一緒に観た子達と共有できたらいいな。

 

 ・『作家、本当のJ.T.リロイ』を観た

チラシの美少年の写真がずるかった。麻痺させるという心の防御反応なのかもしれないけど、その自叙伝の痛さみたいなのは全くこちら側に響かなくて、ただただ嘘と存在について考える時間になった。

嘘に嘘を重ね…というストーリーの行き着く先はいつも同じだけど、この場合は本当に嘘なのか?もしくはついてはいけない嘘なのか?のギリギリのラインをずっとうろうろしてる。出てくるひとたちの自意識にくらくらしながら。

でも嘘なんて見るひとがつけたレッテルなだけで、それを見るひとの数だけ嘘とか本当とか何パーセント嘘とか、そういう捉えられ方があるんじゃないかとも思った。

 

あとは本を読んだりアニメを観たり料理をしたりお酒を呑んだりしていた。ひとに料理を振る舞うのが意外と好きだということに気づいた。料理はある種のプレゼンテーションで、だから自分がその集まりに対してどう構成するかを客観視するのがたのしい。単純に、料理が好きというのもあるけれど。無心になれて目に見える成果物があるものって貴重だと思う。

梅雨は梅雨でいまから憂鬱なわけだけれど、今年は国外逃亡で梅雨からも逃げてやる。楽しいことでいやなことを薄めて生きていきましょう。

春は修羅

映画を見る。音楽を聴く。本を読む。ひとに会う。そうやって平坦な一日一日が過ぎていって、気づいたらおばあちゃんになっているんじゃないかと思って怖い。多分わたしは貧乏性なのだ、時間に対して。

カレンダーや予定表が埋まっていないと怖いのは、誰かから刺激を得たいとか誰かと一緒にいたいとかそんな理由じゃなくて、むしろ自分の空白の時間(ひとはそれを退屈と呼ぶのかしら)を恐れているだけなのだ。ただの空白の一日ってたまにあるご褒美だからありがたいんだと思う。ただの空白の一日が何万日か続いたら人生は終わるんだよ、何もない人生でしたって。


空白を埋めてくれることはいくつかあって、仕事と恋愛と趣味と勉強。大体このどれかにカテゴライズされる。友人に関しては、ある種恋愛に分類される子もいるし、ある種の勉強である子もいるし、むしろこれらの空白を一緒に埋めていく戦友みたいな子もいるから一概に言えない。
仕事と恋愛に関してはもうある程度自分の進むべき道が見えて、頭を使うことが本当に少なくなった。仕事、勉強にカテゴライズされるもの以外はもはやルーティンになりつつあって、いつか自動化されるんだろうなって妄想したりしている。仕事の中の勉強は自分のまだ持ってない知識や経験だから面白いけど、それがなくなったら働く理由って本当に、ない。

そして趣味。今までありすぎてむしろ無趣味だなって思っていたけど、ただただ何に対しても中途半端なだけだな。三口目くらいまでのおいしいところだけ食べてあとは飽きちゃうから、って誰かにあげるのと同じことをしているような気がする。読書は好きだけどかなり偏ってるし、映画観るのも好きだけどそれは決められた時間じっとしていれば物語を消費できるところが気に入っているだけなんじゃないかと思うし。旅行だってたぶんそうで、どこに行って何を見て何を食べるかを考えているときは楽しいけど、いざそれを実行すると過去の自分に決められた行程という意識が強くて純粋に楽しめない(かといって行き先だけ決めてあとは自由行動、は最大限楽しめないんじゃないかと思ってしまってチャレンジできない)。あああめんどくさい。自分といういれものがめんどくさい。

春という季節がいちばん嫌いだ。なにかにつけて感傷的で、どこかいい人ぶって見える。春、出会いの季節!とか見るともううんざりする。春はいっそ強制的なまでに内省的になって毎度参る。五月病とは多分また違う性質のもの。それこそ中途半端に、これまで来た道を振り返るタイミングが転がっているのがよくないのだろう。

最近はドラマを積極的に見たり私にしては珍しく積極的に人に会ったり、予定や気持ちやテンションを合わせたり、していたけれどもういいや。と思って今はひたすら英語とフランス語と料理の勉強をしている。料理の勉強、まだ始めたばっかりだけど自分の日常生活で活かすタイミングが多いから精神衛生によいのではないかとおもう。日ごろ利便性と効率性ばかり重視してクックパッドや電子レンジに頼った生活をしているので、せめて時間をかければきちんとしたおいしいものを作れる、という状態になっておきたいと思って和食とフランス料理の本を買って眺めたりしている。時短じゃないレシピでかぼちゃの煮つけをつくったら、多少の手間でものすごくやさしい味になって感激した。実際に自分で食べられるので、無駄な時間と感じなくてすむのもよい。

春は修羅だよ。だましだまし空白を埋めながらじっと堪えよう。とはいえ夏が楽園だとも思えないのだけれど。

すべての女子のための白鳥エステ入門

友達に「白鳥エステどうなの?てかなんなの?」って聞かれるくらいTwitterで白鳥エステの話をしているので、そろそろまとめます。

 

エイチエスボディデザイン、通称白鳥エステは60分3000円~と超お手ごろ価格で施術を受けることが出来るエステサロン。

白鳥エステとの出会いは結婚式準備で、いいブライダルエステないかな~と探していたところ、いろんなブログで「痛い(めちゃくちゃ痛い)けど効果が出る、そして安い」と絶賛されていたので、夏休み(とはいえ11月)のサイパン帰りの浮腫みを引き連れてアキバ店に行ったのだった。
初っ端からNo.1エステティシャンの小江戸さんを引き当てる強運は置いておいて(特に下調べしたわけではなく、予約サイトを見てたまたま空いていたので予約。でもいつもは1ヶ月先まで予約埋まってるのに!)、それから通うこと約3ヶ月強、身体が変わったことはもちろん精神面でも変わったな~と思うことが多いので、最近は周りに勧めまくっている。もう4人この沼に引き込みましたw


というわけで勝手に白鳥エステをお勧めするポイントを列挙していくよ。とくに③④が大事だと思うけど、本当にただの個人の感想です。

①とにかく安い、ので続けられる
ブライダルエステって探してみるとものすごく高いんですよ……。普通に何十万取られるところばっかり。どのくらいの効果を出す前提でこの金額なんだろうと思って色々調べるけど、結局個人差がありますってなるのでそんなお金は出せないなーと思った。
白鳥エステの場合は、施術者のランク×オイルのランク×施術の長さで値段が決まるけど、そもそもコースという概念がないので行くも行かないも自分の勝手だし、あと大体の予算を伝えればそれと自分のなりたい姿に合わせて大体のスケジュールを組んでくれます。なので、他より安いのにちゃんと自分の気になるところにコミットできる(してもらえる)という安心感がすごい。コスパ最高。
私は3月の挙式に向けて、11月~1月はレギュラー、シニアなど色々なランクの方を試してみて(とはいえすぐにお気に入りの方が見つかったのでほぼその方たちにお願いしてたけど)、2月~3月は上のランクの小江戸さんにみっちりボディメイクしてもらうという贅沢なプランにしました。
大体1回あたり6000円~高くても2万ちょっと。普通の単発エステ行くと2.5万は軽くかかる印象なので、やっぱりお安かったです。

②実際やってみると痛い、けど効果が出る
私の場合はどの方にお願いしてもまず「冷えとコリとむくみですね~」と言われました。で、ですよね…。姿勢悪いしデスクワークだし運動あんまりしないし。
特に足とか肩甲骨のあたりはめちゃくちゃ痛がった記憶がある。別のお客さんを担当してた人に「痛がってるの聞こえましたw」って言われたり。一度カラーボール掴んで痛みに耐えていたのはいい思い出です。
でもちゃんと効果が目に見えるのがすごい。私の場合は足首、ひざ、ウエストのくびれ、肩甲骨の発掘が主な戦利品です。ウエストにいたっては多分マイナス7センチとかしたんじゃないかと思う…(ウェディングドレスがセミオーダーだったので、号数の目標を作ってそれに合わせました)。どれだけ浮腫んでたの!って感じですが、明らかにいろんな人に「小さくなったね」って言われます。

③オタ友に会いに行くついでにキレイになるような感覚で通える
通いやすさで言うと、安さよりも実はこっちが大きかったんじゃないかと思う。
普通のエステに行くとキラキラオーラ満載なお姉さんが施術をしてくれて、施術中の会話もキラキラなので気疲れすることがある。そういうトークをしたい、もしくは対応できるときもあるけど、そうじゃないメンタルなとき(「ユーリ!!! on iceがやばい語りたい」とか「あーもう今日疲れてるー」とか)でもエステに楽しく通える。私に関しては多分これが一番継続できた理由かなと思う。
白鳥エステのエステティシャンの方々の興味関心はまるで女子校のそれのよう。アニメ、舞台、声優、漫画、音楽、宝塚、ジャニーズ、2.5次元、洋服etc…なので、自分が一番語れるトピックのあるエステティシャンの方を探して選ぶと楽しいと思う。昨年末とかはしょっちゅう他のブースから「ユーリが」「ユリオが」「ヴィクトルが」とか聞こえてここは池袋か…?ってなったし、お客さんの層もそういう人が多いような気がしている。

ちなみに私が特にお世話になった方TOP3も紹介します!!!

堂々のプレ・エリートランク、安定の接客と施術スキルで安心してお任せしました。とにかく明るくて丁寧、絶対に目の前のお客様を綺麗にして帰すという強い意志をいつも感じます。どこの会社で営業をやってもトップセールスになるだろうなあ…と勝手に妄想してました。細かな変化にも絶対気づいてくれる、本当に(普通に社会人として)見習うところの多い方です。って真面目に書いたけどマジで楽しいよ!!!私基本的に美容院とかは同じところに通って、担当さんに「あ、この人あんまり会話したくない人だ」って察してもらってぼんやりしてることが多いんだけど、特に小江戸さんに関しては「今日何はなそっかなー」って心持で通っています。

 

  • 宍田さん@主に代々木店:

勝手に「職人」と呼んでいます。すごくお若いのに落ち着いていて、安定してる。波がない感じ。あと声がめっちゃ綺麗で好きですほんとに!音楽好きな方で、私が年末YOIの話しかしなかったときも「サントラ買いました~」って音楽の話してくれたり、ラッドとかバンプとかロキノン系の話したり(ほらほらこういうとこが女子校)。施術に関しては私の肩甲骨を発掘してくれた恩人です。オイルを使わない施術(コリにきくやつ)もできるのでよくお願いするのですが、痛気持ちいいのでよく爆睡しました(気にせず施術しつづけてくれます)。結婚式前最後のお見送り、嬉しかったなー。

  • 桜海さん@主に代々木店:

宝塚オタの小柄なかわいこちゃん。あと、施術がたぶん一番痛くないので痛がりの人や初めての方に特にお勧め。宝塚を主軸としているものの舞台全般お話できるので、よくテニミュとか2.5ミュの話をしてました(とはいえ昔の時代の宝塚の話たのしかった)(あと桜海さんの舞台まわりのアンテナの張り方がすごい)。柔らかい穏やかな雰囲気ですっごく癒されます。

書いてて思ったけどみんなRPGに出てきそう。小江戸さんは魔術師、宍田さんは職人、桜海さんは踊り子的な。

エステティシャンの皆様が前向きなので、自分のメンタルもよくなる
エステの効果を最大化したいなと思ってセルフケアを始めたら、効果はさることながら、皆さんめちゃくちゃ気づいてくれるんですよ。「背中薄くなりましたね!」とか「今日足細いのでやるところないですね」とか。
エステに行く→綺麗になる→もっと綺麗になりたいので自分でもケアする→エステに行ったときにもっと効果が出る&褒めてもらえるのでもっとやる気が出る、という好循環ができる。
あとダイエットしてると結構停滞期ってあるけど、そういうときも「今はのんびりして自分にご褒美あげましょう~」とかさりげなく気遣ってくれるので、自己嫌悪とか罪悪感がめちゃくちゃ減って精神衛生的にとてもよい。ダイエットというか綺麗になりたいっていう気持ちの伴走をしてくれるような方が本当に多いので、停滞期に情緒不安定になりやすい私はよく慰めたり励ましたりしてもらっていました。
Twitterでも書いたけど、白鳥さん創業してくださって本当にありがとうございます…お陰様で結構ばっくり空いたドレス着られました。と感謝の念を飛ばしておく。

 

というわけで愛情のぶん長々と書きましたが、結論白鳥エステは別にブライダル専門じゃないので、お誕生日前とか旅行前とかいつものご褒美とかなんでも理由をつけて通うと楽しいよ!細くっていうか薄くなるよ!ってだけの話です。

結婚式が終わってからまだ行けてないのだけど、まずはお世話になった皆さんに会いに行ってお礼を言って、あと他の方もいろいろ開拓して(影山さんがすっごく気になっていて是非受けたい、ご本人美人さんだった)、今後は友達と白鳥エステデートしつつ自分のコンプレックスを滅していければいいなー。まずは新婚旅行までまたがんばろう。ダイエットは続くのであった。

 

白鳥エステのこと書いてるとつい語尾にハートをつけてしまいたくなる(私の中の女子が出てくる)のでいつもとトーンの違う文章になってしまった、たまにはご愛嬌ということで。