わかりやすい恋

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(本当にあったかもしれない、いつかの)ぬるい夜

 ぽっかりと空いた時間をひとりで過ごせるということは、おとなとして大事な能力だ。

 なぜなら、歳をとると何かや誰かを待つことが格段に増えるからだ。仕事でも、プライベートでも。だから、ひとりの時間を持て余さない自分を誇りに思っていたし、そんな自分を--成熟途中ではあるけれど--大人の女性になった、とどこか感慨深く思う。

 

 出張で訪れたシンガポールは、折り目正しく、遊びどころのわからない国に見えた。ローマやパリと違って、ひやひやさせられることもなければ胸を打たれることもない。ある意味ビジネスにはとても適した、無機的な土地。

 スーツケースをチェックインカウンターで手放し、仕事からも解放されたフライトまでの数時間を、読書や買い物で費やす気にはなぜだかなれず、空港の案内図で見つけた屋上のバーに向かうことにした。そういえばここチャンギ空港は世界有数の空港で、探検するに値するはずだ。久しぶりに取り出した子供心が足取りを軽くする。おとなの女性に相応しい考えではないだろうか、とそのアイディアを自画自賛しながら。

 

 この地域ならではの湿った空気と数々のサボテンたち、そしてまばらな客たち、陽気な男性が弾くギターの音。それが私を迎えたものだった。

 そのバーは屋上にあるサボテンの庭のそばに併設されており、コの字型のカウンターの奥には酒瓶が並べられていた。飛行機のエンジン音が時折鼓膜を震わせる。それが嫌いではなかったし、駐機場の数々の機体を見てそのアンバランスさを気に入りさえした。サボテンと飛行機、なかなか思いつかない組み合わせだ。

 ギターの主は正しいのかよくわからないメロディを紡ぎながら、ウィンクを飛ばしてくる。スーツを脱ぎ、フライトのためのリラックスした服装に着替えているので、すこし幼く見える。けれど注文すればすぐにカールスバーグは運ばれてきて、そのなみなみと注がれた液体を見たとき、やっと緊張の糸が少しだけほぐれたのだった。

 

 日本時間の土曜朝に着く深夜便で帰るのは億劫だった。シンガポールを観光する十分な時間はなく、けれど日本に帰れば旅の疲れで夕方頃まで寝てしまうだろう。結局一日棒に振ってしまう。

 だからこそ開き直って、搭乗し座席についたらすぐに眠れるくらいの量は飲んでもいいだろう、と思った。幸いアルコールに弱すぎるわけでも、まったく酔えないわけでもない。疲れも手伝って、きっと2杯程度で切り上げることになるだろう。

 

 BGMはほとんど知らない曲で、だからこそぼうっとすることに集中できた。何も考えなくていい。今この場所で、自分の日常に繋がっているものは何もない。自分の居場所でも、責任のある何かでもないところで、名前のないただの20代女性でいるのは想像していたよりも穏やかなことだった。

 

 1杯目のビールを半分ほど飲んだところで、目の前のバーテンダーがもう1杯、グラスを置いた。視線で疑問を伝えると、彼は視線を誘導した。その先には、おそらく30代半ばくらいの、赤いTシャツを着た男性。今の気候によく合った格好だ、とぼんやりと思った。彼はにこにこと愛嬌を振りまきながら、当然のように隣の席に移動してくる。

 

「ビール、頼んでいないけれど」

「うん、それは僕から。一緒に飲んでくれる?」

 

 お酒に弱いふりをすることを考えたけれど、それまでのビールの飲み方でばれているだろうし、何よりお酒に弱い女性は1人でビールを飲んだりしないだろう。

 幸い搭乗までは1時間弱、軽く相手をしてタイミングを見計らって消えればいい。

 

「ありがとう。遠慮なくいただくわ。シンガポールの人?」

「いや、僕はオーストラリア人。シンガポールは旅行で来ていて、これから札幌に行くんだ」

「へえ、何しに?」

「スキーだよ!日本が大好きだから楽しみなんだ」

 

 節度のある距離と飲み方、会話。見るからに歳上なのに犬のような、無害そうな表情。心を許すわけではないけれど、暇つぶしにはちょうどいい時間の遣い方だ。

 日本に行くということは、とはたと考えついて「もしかして、羽田まで行くの?」と訊くと、「そうだよ」とひらりとチケットを見せられた。同じ便に搭乗するようだ。まあ面倒なことにはならないだろう、と高をくくって笑顔を返す。

 

 実際に彼は、警戒心を削がせるほどにジェントルだった。過度な詮索(「彼氏はいる?」「今何歳?」「何の仕事をしているの?」)はせず、ただただその場の雰囲気と音楽を楽しんでいるように見える。ほかにいる数少ない客にも声をかけ、そのたびに乾杯。ただただ、今この一瞬を可能な限り楽しみたいだけなのだろう、と思った。

 母国語でない英語で会話をしていることも手伝って、いつもよりも開放的な気持ちになっている自分を自覚する。大人になってお酒をのめるようになって、一人で異国の地に来ると、こういうことも起きるのだ。見知らぬ男の人にお酒を奢ってもらうなんて、まったく大人の女性そのものであるように思えた。

 

 他愛もない会話を続けていると、彼がもう一つビールを頼む。当然のように、私の前にももう一つそれが現れた。遠慮をするのもばからしくなって、目の前に並ぶビールグラス(空いたものがひとつ、飲みかけのものがひとつ、満杯のものがひとつ)を見て思わず笑ってしまう。なにをしているのだろう。隣に座る彼は、真っ赤なシャツに負けじと顔を赤く染めている。思っていたよりお酒に強くないようだ。

 時々心地よい風がバーを吹き抜ける。天井からぶら下がっている小型テレビはいろんなことをまくしたてているけれど、ほとんど頭の中に入ってこない。少しアルコールに酔いながら交わしているこの会話も、今は楽しんでいるようでいて結局このテレビとそう変わらない、記憶されない”瞬間”だろうという不思議な予感があった。記憶されなかった時間に、何の意味があるのだろう?いつかぼんやりと思い出して、その解像度の低さに愕然としながら、そんなこともあったと一笑に付すのだろうか?

 

 そろそろ行かなくてはね、と促されて、席を立つ。彼はさっさとカードを切っていた。お礼を聞くのもそこそこに、楽しい時間を過ごせてよかったよ、早くゲートまで行かなくちゃ、と屈託なく笑う。ジェントルではあるけれど、うっすらと感じさせる好意のせいで居心地が悪い。荷物をとって、クーラーのよくきいた屋内へ戻った。もう時間も遅いので、搭乗ゲートの近くにいる人々はみんな同じ便の乗客だ。

 彼の表情に少しだけ名残り惜しさを見た。私たちにとって、ビール2杯分(あるいは彼にとっては4杯分)の時間。皮膚の上のかすり傷にもならないそれは、記録しなければ記憶から零れ落ちるだろう。

 

 ゲートが開くのを待っている人ごみの中で、彼が突然声をあげた。あったはずのチケットが見つからないと言うのだ。もうゲートが開く直前で、バーまで戻るには結構距離がある。どうしよう、と無言で訴えられる。日本の航空会社を利用するので、近くにいた日本人のスタッフに声をかけた。

 

「この人がチケットなくしちゃったそうなんです」

 それを聞いたスタッフは彼のもとに行く。そっとすれ違って、私はそのままゲートを通った。なんて冷たいのだろう、と思いはしたけれど、罪悪感や申し訳なさはまるでなかった。私にとってビール2杯分の好意は、その程度のものなのだろう。

 

 彼が何かを言っている。その気になれば理解できるけれど、もう脳内チャンネルを日本語に切り替えているから、聞こうと思わない限り言葉として耳に入ってこない。外国語のいいところだ。その音を振り切って、というよりも纏ったまま気にもかけずに、機内に乗り込んだ。自分の席を見つけて、シートに体を預ける。アルコールのおかげで少しふわふわしている。一度目をつむったらすぐに眠れそうだ、と思ったが最後、次に覚醒した時にはすでに空の上にいた。

 もう顔すらも思い出せやしない。

季節のトランジットに本を読むなら

慎ましやかさがないくらいに突然秋がやってきましたね、東京。残暑に対する秋の戦闘力の強さを感じるレベル。普段はもっとじわじわと、気づいたら浸食されているようなゆるやかな波の寄せ方なのに、今年は襲来という言葉すら似合う。それゆえになんだか季節の乗り換えがうまくいきません。

無理やり秋色リップをつけても、ちょっとトーンの低いお洋服を身に着けても、「え、まだ夏?いやもう秋?」とすこし浮ついてしまう時期。せめて日が暮れたら秋と決めつけて、本を読みながら夜更かししたいなと思ったり。
そこで、一度読んだけれど、今また読みたい本について書いてみることにします。

  • 食欲が増す言い訳を、季節以外にも求めたい

夏があっさり去るのに文句を言いつつも、栗とか梨とか好きな食べ物の多い秋が来るのはうれしい。それに、これだけあっさり去られたので夏に名残りがあるように思うけれど、寒くなっていくのはなんだか身が引き締まる感じがして好き。
食いしん坊なので、文字からも食事を摂取したい。登場人物も、エッセイストも、おいしいものを目の前にするところから始まる物語たち。


女流作家4人によるアンソロジー。ヨーロッパの国々とそこでの人間関係、そして食事。同じ食卓を囲むということは、同じ成分を体内に取り入れていることと同じで、つまり数パーセントくらいは同じ人間になっている、と言えるのかもしれない。そんなことを考える本。

旅行者の朝食 (文春文庫)

旅行者の朝食 (文春文庫)

貧乏サヴァラン (ちくま文庫)

貧乏サヴァラン (ちくま文庫)

食べることが好きな人、こだわりがある人ってなんだか好き。信頼できると思う。自分の体内に何を取り入れるかに、真正面から向き合っていられることは誠実だと思うので。そういうひとたちの文章が信頼できるのは、言うまでもないことだ。

  • 自分ではない誰かの関係性の疑似体験、あるいは迷い込む

流しのしたの骨 (新潮文庫)

流しのしたの骨 (新潮文庫)

江國香織作品を読まなくなってしばらく経つけれど、中高生の時に読んだこれはいつまでも人に勧めてしまう。兄弟がいることへの憧れなのかもしれない。自分を正しく理解してくれている、と思える人がいるのは素敵なことだ。

四季 春 (講談社文庫)

四季 春 (講談社文庫)

森博嗣作品はどれも好きで、S&Mシリーズを特に愛読しているけれど、四季から読み始められたらまた違った読書体験になっていただろうと思う。すべFはドラマ化しましたが、四季は春~冬まで4作ほんとうにうつくしい構成。今から春と夏を追体験しましょう。

台所のおと (講談社文庫)

台所のおと (講談社文庫)

幸田さんの文章はいつだって冬のつめたい朝の台所に立つ母の後ろ姿を思い出させてくれる。人気のない家の中、温度がまばらな部屋で、まな板の上の包丁の音がするどくあたたかく聴こえる不思議。安心するし、背筋がのびる。


気づいたら自分の中にしっかりと根を張っている作品ばかりを挙げてしまった。
食べてきたもので人が構成されているのと同じように、摂取してきた文字によっても人の構成は変わると思う。誰かの秋の夜長のお伴ができますように。

行ってみたいけど踏み切れない女子のための白鳥エステ入門

ありがたいことにこのブログで白鳥エステについて書いてから、「白鳥エステ行ってみたい!」と声をかけてくれる友達がでてきたり、「白鳥エステ ブログ」で検索するとこのブログが出てきたり(友達が教えてくれた)、とすっかり回し者みたいになっている私ですが、回し者ではありません。
最近は、久しぶりに会ったエステティシャンの方に「お友達の何々さんいらっしゃいましたよ~」って聞いて「あっそれ本人から連絡きました!」というやりとりを行うことしばしば。そんなこんなで楽しい白鳥エステライフを過ごしております。

さて、前回は白鳥エステいいよ!(要約)という記事を書きましたが、今回はよくされる質問についてまとめました。白鳥エステ、名前はよく見るし気になるけどなかなか踏み切れない…というどなたかの参考になれば幸いです。

よくされる質問
Q:白鳥エステ行ってみたいんだけどどうしたらいい?
A:むしろ私も一緒に行きますので予定をあわせましょう。いつか代々木店貸切をやるのが夢なんだ……。

マジレスすると、空いている時間×行ける店舗×受けたいエステティシャンさん×コース×オイルをさくっと決めてWEB予約するだけです。ただエステティシャンさんとコースとオイルは悩みどころなんですよね。

Q:エステティシャンさんってどうやって選んでる?
A:だいたいこの3つのどれか。

①公式サイトにプロフィールが載っているのでそれをみて雰囲気が好きな人/同志っぽい人の予約を取る(Twitterアカウントも載ってるからジャンル確認できるよ)(大体みんな何かの沼にはまっているよ)

②担当してもらった方におすすめの方を教えてもらう(広がる輪)

③最寄の店舗を探して行けそうな時にとりあえず飛び込む
あとはTwitterハッシュタグ検索すると、いろんなユーザーのレポートが見られるので次に受けてみたい人の目星をつけやすいかと思います。余談ですが、施術受けたことないんだけどK里さんとかO部さんとかよくいいねとかリツイートしてくださるのでいつか会ってみたい。

ランクについてはお財布と相談なところもあるのと、どのランクでも満足できるスキルをお持ちなのでその人や時々によるところが大きいと思います。私は毎週受けるわけでもないので(最近は月2回を守るように努めている)、シニア~プレエリの方を軽率に予約します。90~120分でも1回1万前後だからね…。

Q:色々コースがあってよくわからん
A:とりあえずボディデザインコース(オイルはラベンダー)で試してみるのがいいと思います。施術してもらったら「コリがやばい」とか「むくみが」とか身体のやばいところを教えてもらえて、「次はこのコースがいいですね~」なんてオススメももらえるので。私は浮腫み対策にボディデザイン、コリがひどいときはドライリンパ、でざっくり分けてます。
何か予定の前に行くときとか、オイルを避けたいときはドライヘッドで肩こり解消&小顔にしてもらえるのでこれも好き。ドライヘッドはデスクワークの人に特におすすめで、私は安易に受けてみたらもう外せなくなりました。

ちなみにお化粧直しできる環境が整ってるので、フェイシャルの後も心配いらないよ!フェイシャルは目の幅、輪郭、鼻筋、唇の厚さと、「むしろ変えられないパーツあるの…?」ってくらい色々な部位の施術を受けられます。人によって仕上がりの雰囲気が全然違うので、お任せするのもありだし、「深キョンにしてください」とか「○○(自分の推し)の彼女顔にしてください」という無茶なリクエストをしても楽しいです。

Q:オイルってどう違う?
A:施術時の痛さと香りが違う。最初はラベンダーで試してみてほしいけど、アロマを試すと痛みが軽減されてラベンダーに戻れなくなります。アロマはコスパが最高です。そしてローズは香りがとくに好きで、施術後の肌が陶器っぽく仕上がるところもお気に入り。メリッサは一般的に代謝が良くなるのが特長らしいけど、私はローズでも結構代謝が上がったのでひとによるみたいです。でもどっちのオイルも好きなんだよな〜。

Q:何分くらいのコースがいい?
A:お休みの日に、他にはもう何もしないと決意して3時間くらい(アロマ120+ドライリンパ60かな…でもドライリンパとかも入れたいな…)受けるのもめちゃくちゃおすすめですが(何も考えられなくなる)、基本は60分~120分くらいでいいかと思います。私は全身やってもらうか、+ドライヘッドにしたいので90分がわりと多目かもしれない。

Q:どのくらいの頻度で行ってる?

A:公式でおすすめされてるのが5〜10日に1回なので、基本は5日間はあけます。式が終わった今は月2回くらいで行くようにしているけど、本音を言えばもっと行って色んなエステティシャンさんを受けてみたい。。

 

Q:ブライダルエステとして使いたい!どうしたらよい?

A:まずはできるだけ短いスパンでお金をかけずに通って(ラベンダーでレギュラースタッフ、60〜90分とか)、ある程度コリをとってもらったりベースを作ってもらってからロングコースを入れたりオイルのランクを上げたりしてました。ちなみにこのときにちゃんとベースを作ってもらったので、式を終えた今、ある程度間が空いちゃってもちゃんと流してもらえてます。土台だいじ。

私は通いはじめたのが式の3ヶ月ちょっと前だったので基本毎週まじめに通いました。準備期間は長いに越したことはないけど、3ヶ月でも充分効果出してもらえたので、担当の方に相談したらいいかと思います。

ウェデイングドレスを着て見える上半身だけにとりあえず集中してもらおうかと思ったけど、全身やってもらった方が流れが良くておすすめって言ってもらったので、上半身重視で全身、ってオーダーすることが多かったです。

ちなみにこの辺もエステティシャンの方に相談したら計画立ててくださるので、躊躇いなく相談しちゃえばいいかと思います!

振り返ると、結婚式準備の伴走者として本当にお世話になったなあ…。身体もだけどメンタルサポートもしてもらいました。「式の準備も仕事も立て込んでてやばい」とか、マリッジブルーとか、長い準備期間でメンタルの浮き沈みはどうしても起こるので、話しやすい距離のエステティシャンの方と定期的にお喋りできるのはいい息抜きになったなー。

 

これを書いてる今も白鳥エステ帰りなんですが(今日は小江戸さんでドライヘッド30+アロマ90の豪華コースだった、憑き物が落ちた〜〜)、白鳥エステ後って姿勢気をつけるようになるし身体軽いしたくさん褒めてもらって気持ちも上向きだし、ほんとう幸せなことだらけだ……。

毎日頑張る女の子たち、是非行ってこの世知辛い世の中のオアシスを味わってきてください。やみつきだよ!

すっごく今更、LA LA LAND

タイトルの通り。観てすぐには言葉に出来なくて、でもいつか観て感じたことを書きたいと思って、あれから4ヶ月経ったいまやっと書けるような気がする。

評論なんて大それたものではなく、あくまでもこの映画と私との距離でしかないのだけど、もう上映も大体終わってTwitterでも特にこの作品名を見かけなくなった今、音楽や瞬間瞬間のシーンを思い出すということは私の記憶に残っているということで、だから自分にとって書いておく意味はあると思う。

 

LA LA LANDを記憶している理由はタイミングが大きい。結婚式・入籍を約1週間後に控えた2/24、当時の婚約者であるところの夫が海外出張に行っていて久しぶりに一人きりで数日生活した最終日、映画好きの人が面白いと言っていたからというだけの理由で観に行った。まだ寒かったけれど映画館ではジンジャーエールをのむときめていて、品川のIMAXの巨大なスクリーンを前にちびちびと飲んでいた。

エマ・ストーンの肩から二の腕のラインがセクシーで好き。もっとワンピース着てほしい。音楽に引っ張られている映画だと思った。"A Lovely Night"のところでは歌詞にくすっと笑って、でも気づいたら二人が恋人になっていて驚いた。似た境遇の相手を好きになるとき、それは相手のことが好きなのか、それとも自己投影できる相手だから好きなのか、ごっちゃになってしまいそうだな、と思った。ミアはセブで「成長でき」るの?(©︎映画モテキ)的な。

色々引っかかるシーン(好きなのか嫌いなのかよくわからないけど、なぜか印象強く覚えている、という意味で)はあったけれど、最後の方はただただ残酷に感じられて、つらかった。だから上映後いちばん初めに思ったのは、「観てしまった…」。この映画は私にとってラブロマンスじゃなくてファンタジー。だって「あのときもし違う道を選んでいたらどうなっていたか」なんてファンタジー以外の何者でもない。しかもそのifが、現実と一緒に並べられるなんて残酷すぎる。

一人で観てよかった、とも思った。私の隣で花金を過ごしたカップルはどう思ったんだろう。上映後気まずくなかったのかな。少なくとも私はもう隣にいない、かつて隣にいた人たちに一瞬もしくはそれ以上思いを馳せた。それはあのころに戻りたいというような未練ではこれっぽっちもなくて、ただただ反実仮想、ただしこの上ないリアリティを伴ったもの、だったのでごりごりメンタルを削られた。しかも式直前、「今日はこれまでの人生で一番幸せ!」オーラを出そうという日が近づいているときに観る映画じゃなかった……。それなりに忙しかったからずっと引きずったわけではないけれど、それでもtwitterでその名前を見たり、音楽を聴いたりするだけで、劇場で感じたあの気まずさ、残酷さ、居心地の悪さ、を思い出していた。

 

で、ハネムーンの機内で『秒速5センチメートル』を観て思ったんだけどこの二つは似てる。と思って検索したら結構言及してる人がいて、まあそうですよね…って感じ。

ただ、あくまで『秒速〜』は現実的であるのに対して、LA LA LANDは演出的に夢→現実の浮遊感があって、それがますますファンタジーっぽさを感じさせているのかなと思った。

私はLA LA LANDで泣いたけど、『秒速〜』はさっぱり。あとはLA LA LANDの方が今の年齢に近いからっていうのもあるのかなあ。『秒速〜』で泣いた男性諸氏がLA LA LANDを観てどうだったのかも気になります。

 

しかしサントラ聴いてるとすごくルンルンになれるのに、映画のあらすじ思い出すとうっ……ってなる映画もなかなかないね。

おいしいごはんと「何もしない」の国、ギリシャへ

なぜか毎年夏前後は忙しく、いつも夏休みが10〜11月になってしまうのだけれど、今年は結婚の特別休暇をもらって(私も夫も7日ずつもらえる超絶ホワイト企業、ありがたや)、真夏のギリシャへ行った。 

新婚旅行は「トランジットしないといけない遠いところ」ってオーダーだったので、夕日が綺麗で有名なサントリーニ島をリクエストして、ついでにせっかくだからアテネにも行った。結論めちゃくちゃよかった。行く前は「人生に一度かな〜」とか思ってたけど、なんならもう一度行きたい。思い出はホットなうちに記録しましょう。

 

アテネ

カタール航空(乗る1週間前にカタールが断交されてひやひやしたけどなんとかなった、座席狭いけど機内食がおいしかった)で羽田→ドーハ→アテネへ。ドーハいつまで経っても覚えられない、「あの悲劇のとこ…」ってなる(ドーハの悲劇がなんなのかもよくわかってない)。

 

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アテネ、街並みがすごくキュートだった。ところどころ読めない文字があるけど笑、屋根がピンクだったり明るい色が多くて、しかもめちゃくちゃお天気がいいのでラテン系な気持ちになった。うれしー!たのしー!はっぴー!

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アテネで一番古いお家も可愛い。

 

あといたるところに猫がいて、いろんな国の観光客がいろんな鳴き声の真似で気を引こうとしてておもしろかった。猫様の前では万国共通で平伏すしかないのだな。

 

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パルテノン神殿も見に行った!遺跡とかまるで興味ないけど、実物を見ると「これ昔の人間が作ったのか…すごい…」ってなる。アクロポリス遺跡自体丘の上にあってちょっとした山登りだった。スニーカーとジーンズで大正解。

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直射日光浴びまくって暑い&熱い。みんなセルフィー撮りまくっててそれを眺めるのも楽しかった。ちょっと下覗くと怖いかもしれない。

 

あと博物館に行ってギリシャの不憫な歴史を観て(パルテノン神殿がいろんな国にされたい放題だった)、それ以外はホテルのプールでちゃぷちゃぷしたりご飯食べたり。ほんとうに、いい意味ですることがない。さよなら強迫観念。

 

ギリシャ料理、特においしいイメージはなかった(ガイドブックみても「必ず出てくるパンとオリーブオイルが美味しい」とか書いてあって「……つまり料理はいまいちってこと?」とあまり期待してなかった)けど美味しいものだらけだった!本当に!

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 いつもムスカって言っちゃうムサカ、ナスのラザニアっぽいもの。

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 奥がトマトとピーマンの詰め物、右側がほうれん草のパイ、手前がザジキ(オリーブオイルとにんにくとチーズ?)。パンとお酒が進むよ……

 

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ミシュランとってるPremièreの5皿コース、ワインペアリングつきで€85ですっごいコスパよかった。フォアグラのテリーヌ!!!

 

そしてサントリーニ島

アテネよりさらにすることがないサントリーニ島。早朝にアテネを出て、エーゲ海をフェリーで渡ります。

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海も空も青すぎて笑っちゃうね。

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 バルコニーの景色。ホテルはThe leading hotels of the worldを参考にして決めました。スタッフがすごく親切でよかった。

 

とにかく日差しが強く、日焼けすると真っ赤になって悲惨なことになる夫婦なので、11〜18時は活動不能という事態に。暑すぎて5分歩くだけでやる気を削がれる。そりゃシエスタするよね…っていうレベルだった。

だから毎日9時過ぎに起きて、10時くらいに朝食を摂って、お昼寝したり読書したり日陰でぼーっとしたりして、15時くらいにしぶしぶ軽いお昼を食べに部屋を出て(それでも最寄りのレストランしか行かない)、また戻ってきてジャグジーでちゃぷちゃぷしたり読書したりして、20〜21時に夕食。食べてるのに動かなさすぎていっそ不健康。

サントリーニ島二日目のお昼くらいに、「あ、これあと1週間続けるともう現実に帰れなくなるやつだ」と悟った。そのくらい悠々自適、気ままな時間だった……。

 

海に面してるのでもちろん海の幸がおいしい。ほとんどお肉は食べず、ずっと魚介類を食べていた気がする。毎食毎食幸せな気持ちになったけれど、特においしかったものを載せます。

@Aegeon

エビがいい感じに塩気が強くてビールが進む、青い空の下海風を感じながら飲むビールは言わずもがな!

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@Aegeon

トリュフ香る野菜のリゾット。トリュフ別に好きじゃなかったけど香りが強くて美味しかった……

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@Anogi

ギリシャは基本的に無干渉無関心な感じのさっぱりした接客が多かったんだけど、ここのレストランは愛想が良かった、そして続々とお客さんが来る人気店。この蛸のおいしいこと!素材もソースもいいんだろうな。

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@the Athenian house

リゾートなのでお高めのレストランはたくさんあるんだけど、その中から選んだのが、夕日が綺麗に見える街イアと宿泊地イメロヴィグリの間にあるこのお店。で食べたロブスター、身がぷりぷりで食べ応えがあって海老好きにはたまりませんでした……

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あとワイン発祥の地らしく、ワイン博物館があったりもして、滞在中たくさん飲みました。フライト時間はなかなかかかるけど何故かNYに行ったときよりはしんどくなかった笑。またいつか行けますように!

おとなになるっていうのは

この1年くらいで、来るぞ来るぞと言われていた結婚出産ラッシュが本当に来ていてびっくりしている。自分自身割と早めに結婚しておいて何を言うか、という感じもするけれど、友人の結婚報告を聞いたりFacebookで妊娠・出産報告を見たりするたびに、本当にもう第一波が来たんだなあとしみじみしてしまう。

結婚してから4ヶ月、いろいろなひとに会ったけれど、特に高齢の人もしくは若い男性に「子供は?」と聞かれる確率が高い気がする。若い女性、つまり同年代の友人たちはむしろ自分のことに精一杯で聞かないのかもしれないし、デリカシーが備わっていて聞かないのかもしれない。聞いてくる人たちはおどろくくらいあっさりと、あっけらかんと、さも当然かのように聞いてくる。「子供はまだなの?どうするの?」って。

こう聞かれることに怒っているわけではない。ただただ純粋に驚いてしまうのだ。結婚したら子供を産むんでしょう、って当たり前に考えられていることに。きっとそれがマジョリティなのだろうということに。
私自身の答えはいつも決まっていて、「うーんそのうち、あと2、3年したらね」。もちろん選択肢としてはあるけれど、子供を産むために誰かと結婚したかったわけでも、結婚したわけでもない。そして何よりも、子供を産んでしまうことの不可逆性を、いまは恐れていると思う。

 

そもそも1年半くらい前まで、ひとはどういう条件が揃った時に結婚しようだなんて思えるのだろう、と不思議だった。一生一緒にいるひとを暫定的とはいえ決めちゃうなんてリスクでしかないし、何が起こったらそんな大きな決断をできるの?と思っていた。親をはじめとした既婚者に、「なんで結婚しようと思ったの?」と難しい問いを投げかけたこともあった。そのたび大概歯切れの悪い答えが返って来て(「なんとなく」「そういう流れで」)、なんじゃそりゃ…と思っていたら本当に自分も「そういう流れで」結婚してしまった。

 

でも結婚と出産は決意のレベルがまったくちがうと思う。離婚はできるけど、一度産んでしまったらもう母親という役割から逃れられない。会社員だろうが専業主婦だろうが、その前提の母親という肩書きは消えない。

そんな不可逆を私はまだ受け容れられないと思う。一方で、同級生や先輩たちがどんどんそれを受け容れていくのをみて、ただただすごいなあと思う。25歳やそこらでもう、それから先の人生ずっと誰かのお母さんであることを選べるなんて、ほんとうにすごい。

 

たぶん私はまだ子供なのだと思う。自立していない誰かの責任を負う覚悟がまだない。「大概の母親はそういうものだよ、産んでからそうなるんだよ」、という意見もわかるんだけど、そもそもその誰かに自分の時間を最優先で遣いたいと思えない。まだ他にやりたいこと、やるべきことがありすぎる。働いてる場合じゃないとすら思うのに。

結婚してもおとなにはなれなかった。自分で稼いでいるというだけで、まだどこか逃げ腰だ。「子供を持てば軈て苦痛も失せるのか」、この歌詞がここ数年になって染みるようになった。

 

来週26歳になるのだけれど、実は30歳になるよりも大きな壁を越えるのではないかと思っている。25歳までの5年間も色々あったけれど(就職、転職、結婚)、これから30歳までの5年間で、たぶん私の残り時間の遣い方がおおむね決まるような気がしている。

 

未来の自分が納得して、後悔しない道を選んでいかなきゃなあ。ほんとうはDINKSのうちに貯金しておきたいのだけれど、子供がいないうちじゃないとできないことをしなくちゃと思って、時間の有限性に焦る今日このごろ。いまのうちにたくさん、友人と旅行に行ったりいろんなものをインプットしたりしたい。

人生初めての占いで泣いた話

ここ数年ずっと悩んでいることがある。それは数ヶ月に1度くらい、何かの症状のように現れては消え現れては消えていく悩みなのだけれど、ずっと悩んでいるだけで行動に移さないからその程度、とも言えるし、ずっと悩んでいるくらいなのだから本当によほど、とも言える。

多分これは周りの人に納得してもらえると思うのだけど、私はあまり占いに興味はないし信仰心(宗教に対する、ではなくむしろ人間の発する言葉に対して)は低い方だと思う。
けれどたまたま、ひょんなことから占ってもらうことになった。

土曜の午後を友人とべったりまったり過ごしていた私に、合流した友人が「占いできるバー行く?」と土曜の夜に相応しい提案をしてくれて、連れて行ってもらった。
よくある雑居ビルのバーで、案外明るかった。占いってきくと陰気なあやしい人がいるイメージだったけど、朗らかな初老の方がきびきびと動いてらして。
「おくすり」というアルザスの奥深くの修道院で作った薬草で出来たカクテルをいただきながら、頭の中ではGo!Go!7188の「おとなのくすり」が流れる。ちなみに「おくすり」はものすごく複雑だったけど、後を引くお味だった。また飲みたい。

ひと段落したところで、カウンターに座る私たちにマスターが「そろそろ始めましょうか」と声をかけてくれる。
妙齢の悩み多き女性3人、占ってもらうトピックには事欠かないけれど、友人二人は恋愛、私は人生についてタロットで占ってもらった。
ひとりひとりへの占いスタイルが異なって、ギリシャ十字とかケルト十字とか(うろおぼえ)使用するタロットの枚数とその配置がぜんぜん違っておもしろい。
タロットの持続効果は3ヶ月程度とのことで、9月くらいまでの指針をもらった。

本当に全然占いなんて信じてないし、それまでカウンターでわあわあ喋っていた私たちの会話を聞いてそこから出てきたタロットの意味と掛け合わせてストーリー展開してるんじゃないの、とか穿った見方を思わずしちゃうのだけれど、それでもそのときマスターが言ってくれたタロット占いの結果は、私が冒頭に書いた悩みを考える中で言葉にしないけれど頭のどこかでうっすらと予感していることを予言していて、見透かされているという驚きと背中を押してもらったことへの安堵、喜びが大きくて泣きそうになった。
近しい人や大切な人の言葉にももちろん救われるときがあるけれど、こういうその時通りすがった人から貰った言葉って関係性という文脈がないから余計に色濃く印象に残る。頭の中でぴかぴか光っている。
私も誰かにとってそういう言葉を残せる人になりたいなあ。

普段自分から見ようとしないもの、行かないところ、に連れて行ってくれる友人や偶然や時間は本当に尊いな、と思いながら帰る足取りがとても軽かった。