the happy few

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歌舞伎オタクが宝塚『ポーの一族』を観て沼に転げ落ちた話

宝塚という傍目から見ても明らかに沼、なジャンルにとうとう片足を突っ込んでしまったので、その記念に書き留めておきたいと思う。

 

普段は男の人が老若男女を演じる歌舞伎を観ているのだけど、今回は女の人が老若男女を演じる宝塚に行ってきた。松竹から東宝へ。いずれにせよすごい世界だ。

実は母が宝塚ファンで、小さい時から安奈淳の話を聞かされ、BSか何かでやっていた一路真輝杜けあきのベルばらを見、図書館で宝塚関連のテープ(!)を借りてダビングして聴きまくっていた。挙句小5の自由研究で宝塚の年表を作成した(当時ウィキペディアなんてものはなかったから、今考えると力作だ)。なのに齢26にして初宝塚。小学生の自分に、よかったね、大人になったら宝塚を生で観れるようになったよ!と言ってやりたい。

 

宝塚を観に行こうと突然腰を上げたのは、『ポーの一族』が上演されると知ったときだ。あの世界観をどうやって舞台にするんだろう、という興味。それから完成記念発表会?の動画を観た時の衝撃。たぶんこれは伝説になるな、という予感。割と諦めのいい私にしては珍しく、色々なつてを駆使してなんとか激戦をくぐり抜け、チケットを手に入れた。

 

まず衝撃を受けたのは、東京宝塚劇場の内装。螺旋階段にレッドカーペット……彩度が高い(歌舞伎座比)、そして空間がやたらとキラキラしている。ただの劇場じゃない…と周りを見て若干怯んだ。見事に女性ばかりだ。歌舞伎座にも女性はたくさんいるけれど、まず比率が違う。そして層が。みんなきゃぴきゃぴしているではないか。

老若問わず女性がきゃぴきゃぴしているのはなかなか滅多に拝めない光景だ。なんとなく女子校の同窓会を思い出した。だいたいが花の名前を冠につけた会、孫と祖母ほどの年の差のある女性が同じ空間にいる不思議。そして渦巻く高揚感。

アンテプリマのワイヤーバッグとか、フォションのサブバッグを持つ人が多い傾向にあった気がする(これも歌舞伎座比)。普段すっぴんマスクで歌舞伎座3階に行くこともある私には、舞台を前に胸をときめかす彼女たちが強く輝いて見えた。

 

ただ、ヅカオタの皆さんのキラキラの理由はあっさりとわかった。なんと言ってもキャストたちがキラキラしているのだ。同調効果、あるいはキャストの皆さんのキラキラを吸って生きているのだろう。

ふだん歌舞伎を観てると、「こんっっなに可愛いのに化粧落としたら男の人(往々にしておじいちゃん)ってアリかよ…」と思うような人にたまに出会うのだけど、当然のことながら宝塚は完全に真逆で、「こんっなにスパダリみに溢れているのにメイク落としたら女の子なのかよ…」と呆然とした。これは沼だ。そりゃ出待ちとか盛んに行われるはずだ。人間はだいたいギャップに弱くできているのだ。

 

度々歌舞伎と比較して申し訳ないが、キャストの皆さんの身体そのものの美しさに見惚れた。歌舞伎よりも解像度が高いのだ。

というのは、やはり歌舞伎は着物を着るので身体の線が極端に見えることはあまりない。おしろいを塗るので色白かどうかもそこまで大きな問題ではない。そして、歌舞伎の登場人物で特に太ってる/痩せているの設定が決まっているものはそんなに多くない(思いつくのは力士の役とか)。

 

それに対して、エドガー演じる明日海りおさんの腰回りのほっそいこと。また、メリーベルの色の白さが際立つ。洋服を着ているのだから身体のラインが見えて当然ではあるのだが、役に対する身体性の極め方という点では、さすがタカラジェンヌの皆様……と圧倒された。

 

あとシーラ役の仙名彩世さん、恋に落ちた。声フェチなので…伸びやかで甘やかな歌声、たまらなく好き。

アランについては、気の強さと孤独感が原作通りに描かれていて、耳にかけられた髪が引き金となって射抜かれた。最後のダンスの時の活き活きとした柚香光さんを見て頰が緩まざるをえなかった。

でも何よりエドガーの完成度が全てだと思う。ベルベットのようなくすんだグリーンのスーツの似合い方、本当に青い瞳、幕が降りて照明が落ちた後の颯爽とした歩き方……本当にエドガーが目の前にいる、という暴力的な衝撃を目撃したことが一番記憶に焼きついた。

 

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歌舞伎オタクとしては、舞台回るんですね!とびっくりしたり、花道めいたものがあってテンション上がったり(そこまで出てきてくれると本当に近くて目の前にいるように感じる)、舞台の構造の類似性を見つけては一人楽しくなっていたのだった。

あとパンフレットが写真盛りだくさんで1000円だったのが本っっっ当に衝撃だった。ブロマイド買う必要ないじゃないですか……!

ブロマイドといえば、舞台写真が一枚一枚封筒に入って陳列されているのもいい。歌舞伎はワゴンにびっしり詰められた写真を、係員の方が手袋をして一枚ずつ手に取って確認してくださるのだが、確認される度に気恥ずかしくなるので宝塚方式の方がいいかも…。係員さんと「あらあら仁左衛門さんばっかり…」「はい…」「うふふ……」みたいな会話をするのも楽しみの一つではあるが。

 

決断力と行動力は無駄にあるので、帰る道すがらブルーレイの購入を決意して、宝塚友の会の入会手続きを済ませたのだった。次はエリザベートを観たいです!

 

追記:宝塚オタクに宝塚の話をしたら、お茶会に誘ってくれた。広がるオタクの輪…(そして課金対象)。

ご褒美スイーツ覚え書き

日常生活を円滑に運営するためには、どうやって幸せホルモンを分泌したらいいんだろうか、と考えていた。そんなことを思うほど殺伐とした生活を送っている……わけではなく、単にご褒美思考なだけです。

その方法の一つに、「心の底から美味しいと思える甘いもの」を食べる、がある。

これはコンビニのお菓子じゃダメ、いくらどこかの老舗とタイアップしててもダメなのだ。基準は、「この甘いものが自分の血肉と(文字通り)なってもよいか/喜ばしいか」「この甘いものを食べるためなら運動などのカロリー消費の手間を厭わないか」の2点のみだ。スイーツごときで何を大袈裟な、と思われるかもしれないが、付き合いで食べるものでない限り真剣にこの2つを判断基準にしている、ことが多い。

そんなわけで、私の生活に幸せをもたらしてくれる甘いものについて書いていきたいと思います。お腹が空きそうなエントリです。

 

ちなみに手に入りやすさを加味して、東京で手に入ることも条件としている。本当は京都とか大阪とかパリとかいろいろあるのですが……。

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せっかくなので2年分のカメラロールを見直したら、とらやに行き過ぎなことがよくわかった。

 

■洋菓子編

トップバッターに挙げたのは、先月末に行って冷めやらぬ熱を抱えているからです。

安心の老舗。銀座店と青山店があるけど、結構イメージが違ってて、銀座店はいわゆる昔の面影を残した喫茶店。白いカバーのかかった低めのお椅子が可愛い。昔はおばあちゃんが多かったけど、最近は結構若い人も目にします。

青山店はもっとキラキラしていて、若い人が多くてより華やかなイメージ。まんまるつやつやのホットケーキはここでしか食べられないので、外せない一品です。

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つやんっ!としているの、かわいい。

記憶が正しければ、生まれて初めてキッシュを食べたのがこのウエスト銀座店で、くどくない加減のバターの幸せを知ったのだった。

サヴァランは結構大人の味で、かなりちゃんとお酒がきいているので要注意。でもとってもおいしいです。

この前食べて感動したのはシュークリーム。カスタードのみ、生クリームのみ、ハーフ&ハーフの3種類があって、ハーフ&ハーフをいただきました。生クリームがとってもコクがあってでも重すぎなくて好きなお味。なかなか大きいので満足感もかなりあります。

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エストはコーヒーと紅茶がおかわり自由なのも嬉しい。複数人で行っていろいろ頼んでみんなでシェアしたい。ケーキを注文するときに見せてもらう、丸いお盆にずらっと載せられた本日のケーキたちのビジュアルインパクトがすごくて好き。わくわくします。

 

  • VIRON

バゲットの印象が強いVIRONですが、ここはスイーツもおいしい。渋谷店よりも開放的な景色の東京駅向かいの店舗をよく利用します。

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なんと言ってもタルトタタン!煮詰められたリンゴがジューシーで食べ応え抜群です。溶けていくアイスを見るのが幸せ。

VIRONは出てくるものすべて量が多いので、胃袋の調整が必要。でも不思議とぺろりと食べてしまうのである。チョコレートファッジを昔食べた時は、あまりにカロリーの暴力すぎて目眩がしました。ここも3〜4人でわちゃわちゃ食べたいところ。

 

  • しろたえ

赤坂にあるしろたえ。チーズケーキが有名なお店です。

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店内はかなり狭いのにお客さんがたくさん並んでいて、みんなだいたいチーズケーキを買って行きます。ちゃんと酸っぱい、かつ罪悪感のないサイズが売り。ここのシュークリームは気取らない美味しさで、ウエストのとはまた違った良さがあります。

奥には喫茶があってとても雰囲気が良く素敵。そしてケーキも飲み物もかなりお安いので、ついケーキ2つとか頼みたくなってしまいます…。お休みの日にぼーっとしに行きたいところ。

 

  • タカノフルーツパーラー

言わずと知れた感があるのですが案外定期的に行ってるので書いておきます。

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新宿で甘いものを食べたくなったらここかなあ。ただしめちゃくちゃ並んでるので時間を外して行かなくちゃいけないけど。安定の美味しさと満足感。いちごと桃と栗の季節は大体行ってるような…ってほとんど毎シーズン。

 

  • アステリスク

代々木上原の人気店。実は上原に住んでた時には行ったことがなくて、去年初めて行きました。

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栗のサヴァラン。勘の良い方はお気づきでしょうが私はサヴァランとシュークリームが大好きです。

このサヴァランはお酒の量を自分で調節できたので私は控えめにしました。結構栗の存在感があってかなり満足した一品。こちらもまだまだ他のメニューを開拓できてないのでしたいな。

 

突然ジャンキーなものを入れてみる。

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六本木は昔から遊び場なのでよく行くのですが、落ち着ける甘味処が意外とないですね。アマンドが有名だけど行くタイミングがなかなか。あとはミッドタウンの虎屋かな。

そんなとき、あるいはめちゃくちゃ糖分を摂取したいときに行くのがシナボンです。香りがすごい。ここに来たらカロリーなんて気にしてはいけなくて、ただただあったかいうちにもぐもぐ頂きましょう。ただし日和って小さい方にすることが多い……。

2階は意外と落ち着けるので、青山ブックセンターで本を買ってきて、コーヒーと一緒にまったりタイムを過ごしたりします。

 

バレンタインはジャンポールエヴァンと決めているのですが、本当に好きなのはマカロンです。アムールという名前だったかな、ショコラのマカロンがマカロンと思えない濃厚さで、本当に大好き。それからチョコレートを使ったケーキも色々出ているので今度食べ比べしてみたい(いつも1つしか頼めない…)。新宿伊勢丹の地下の喫茶は案外空いているのでたまに行って、ショコラショーを飲んだりします。

 

マリアージュフレールの喫茶には是非行きたいと思いつつ行けていないのですが、マルコポーロを愛飲している私にとってすごいものを見つけてしまったので書いておく。

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マルコポーロのチョコレートです。16粒でなかなかいいお値段するのですが、これがとっても美味しい。チョコレートを食べるという概念を超えていて、まず箱を開いた時の茶葉の香り。そして口に含んだ時のチョコレートの香り。咀嚼している時は茶葉とチョコレートとを行ったり来たりするので味覚嗅覚が混乱します。でもそれが最高なのです……。

バレンタインの時に三越でサクラとか売ってるのをチラ見したのですが、我慢できなくて通販で入手。来年は色々なフレーバーを試したい…。

 

  • ツッカベッカライカヤヌマ

これは最終兵器です。最終兵器クッキー。

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初めてこのクッキーを食べたのはたぶん10年弱前で、父が接待でもらってきたものをふーんと思いながら食べたのですが、おいしすぎて誰にも取られないように冷蔵庫の野菜室に隠しました。笑

バニラ、チョコ、シナモンの3種類なのですが、本当にどれも美味しい。どれか一つを選べと言われたら、かなり悩みながらそれでもバニラを選ぶかな。チョコの芳醇さ、シナモンのクセがあってつい食べてしまう感じにたいして、バニラは割とオーソドックスなのですが気づくと知らないうちに食べ進めてしまっている魔のクッキーです。

入手がちょっとハードル高いのですが(電話予約が必要だけどなかなか電話が通じない)、だからこそ頂く時の幸せは比べものにならないくらいです。

ツッカベッカライカヤヌマのザッハトルテも一度食べてみたいなあ。

 

■和菓子編

  • 虎屋茶寮

いわずと知れたとらや。時々とらやフードファイトをしたくなります。

店舗によってメニューが違うので色々楽しめるのもいいですね。銀座のとらやではいちごのかき氷があるので、夏は欠かさず伺います。

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栗のおしるこも結構好き。お汁粉はたしかいくつか餡ごとの種類があるのでよく悩みます。普段はこしあん派だけどお汁粉に関しては粒あんが好きです。

あと安倍川餅とかもつい食べてしまうので、決めきれなくなって結局2人で4品とかよくやってしまうんですよね…。銀座のとらやはよく混んでますが、案外待たずに入れるので使い勝手はよいです。伊勢丹でお買い物帰りに糖分補給するのもまた楽しみの一つ。

 

  • 萬年堂

和菓子を買って帰るなら、銀座の萬年堂も候補に入れたいところ。

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四丁目交差点のプラダの裏という絶妙なところにお店を構えてらっしゃるのですが、その隠れ家的な雰囲気も好き。お店の方もお上品です。11月に頂いた亥の子餅も味わい深くて美味しかった。

三越の地下でうろうろするのも好きなのですが、あんまり人混みの中にいるのも疲れるので、こちらに寄せて頂くことが多いです。きちんとお茶を点てて頂きたいお菓子です。

 

言わずと知れた名店だと思うのですが、最後の晩餐に食べるならテーベッカライと並んで候補に上がるので書いておきます。

一度付き合ってない男の子がくれたことがあって、そのセンスの良さ、そこからうかがい知れる育ち、に思いを馳せました。口煩い女子も黙らせるどら焼きです。笑

うさぎやさん、カフェもあるんですよね。いつかお邪魔したいな。ふっくらふかふかのどら焼きの皮、たぶん延々と食べられると思います。

 

  • 仙太郎

割と百貨店に入ってるイメージなので、お求めやすいのではないでしょうか。私の中の仙太郎さんといえば、このお箱です。

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この前歌舞伎座に行った時に母が買ってきてくれたもの。この箱、よく実家で見たので懐かしい。一度お弁当箱がわりにお惣菜を詰められたことがありました。

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和菓子の何がいいって、季節をしかと感じられるところなんですよね。普段お花見とかする余裕がなかったり、季節のお花に疎い私でも季節を思い出すことができる。もうすぐ柏餅の季節、たのしみだなあ。

 

真面目に綴っていたらかなりの文量になってしまった…。今更まとめるまでもないよく知られた名店ばかりなので恥ずかしい気もしますが、甘いものが欲しくなる季節なのでご容赦ください。

きらきらきさらぎ

2018年が15%終わろうとしているんだそうだ。もう時間の流れの速さにいちいち驚きもしなくて、指の間からさらさらと零れ落ちていく砂をじっと見ている感覚に近い。あーあ。

今月は息を止めている間に過ぎ去っていった。ひたすら歌舞伎を観て、テニラビに時間を奪われ、やっとモーパッサンの『女の一生』を読み終わった。仕事中はずっと呼吸が浅いので一週間のうちまともに呼吸できるのは週末だけなのに、その週末も別の意味で息が詰まる観劇に費やしているので、おそらく頭に酸素が回っておらず十分な言葉が排出されない。そうこうしているうちに春がしれっと来るのである。

歌舞伎の観劇録はnoteで書いているし(最近書いていないけれど)、何故歌舞伎をこんなに観ているのかについてもいつか書こうと思うので、今は書かない。ただ今月は興行として大変な月で、いかんせん息を止めてじっと見つめてしまうほど好きな歌舞伎役者が二人も出ていたのだ。オペラグラスから変な光線が出ていやしないか心配なくらい見つめたし、同じ舞台の上に好きな役者(しかも60歳くらい年が離れている、彼らの狭間に生を受けている僥倖)が並んでいるのでどこを見ていたらいいのかわからず混乱した。有限の美しさをまざまざと見せ付けられて、楽しいことはすぐに終わりを予期させるので、私はずっと鉛色の気持ちを抱えながら視覚聴覚情報全てをそのまま記録しようと全神経を感覚に向けていた。海外旅行に向かうフライト中の気持ちに近い。

その点、いつまでも中学生でいてくれるからテニスの王子様はやめられない。ほぼ永遠。彼らの誕生日を祝うたびにいったいこれは何回目だろうかと思うけれど、そうこうしているうちに私は彼らのダブルスコアに近い年齢になり、でも多分10年後も大して変わっていないのだろうと容易に想像がつく。いつまでも不二先輩と付き合いたい中2女子の心は失われないだろう。しかしテニラビに熱中しすぎて眼精疲労がすさまじいので、しばらくは自重する。視覚に頼りきった刺激/フィクションの摂取が多すぎて偏りを感じたので、気分転換にクラシックあるいは外国語のポッドキャストを聞いてモードを無理やり切り替える。モードの反復横跳びが過ぎるので時々反動にめまいがする。テニミュの「Do your best!」のあとにラフマニノフのピアコン2番が流れてくると結構ぎょっとするからやめてほしい。

基本的に現実から逃げることしか考えていないのでしょっちゅう旅行に行きたがるのだが、そういうわけにも行かないので本を読んでその空間にいる気持ちになることが多い。半年前に行ったくせにもうヨーロッパの乾燥しているのに鈍い空気が恋しくて、石畳の上を闊歩したくて、その気持ちをぶつけるようにフランス文学を読んでいる。モーパッサンの『女の一生』は途中であっけらかんとしたしかし残酷なシーンがあって、そのきっぱりとした悲劇らしくない描写にむしろ鶴屋南北を思い出した。号泣している人よりも涙を流せずにぐっとこらえて、代わりに空をにらんでいる人のほうがよほど腹の中のマグマを想像させられて沁みる。これは今月観た玉三郎だ。イメージが混濁していってそのうち記憶もぐちゃぐちゃになるかもしれない。

何か一つを極めるだけの集中力あるいは熱意を維持し続けられないことに対して、ずっと劣等感を持っていた。そしてどうにかそれを克服できないかとももがいてみたけれど、私に足りないことはその集中力あるいは熱意を獲得することではなくて、複数の領域を横断しながら全てを吸い尽くす覚悟なのではないかと思った。たぶんそれは何か一つだけを極めるよりも時間を要するし忍耐も必要で、件の劣等感との付き合いも長くなると思われるけれど、でも全て自分の要素なのだから切り捨てられない。明日の自分がどう思うかは知らないが、こうやって騙し騙し自分と折り合いをつけていたらいつかは終わるだろう。そういえばもうすぐ永遠を誓った日から1年が経って、私は人妻2年生になる。単位はどうであれ、1+1を積み上げていくしかないのだと、今は思っている。

初夢という名の祈り

LA LA LANDが公開してから、来月で1年になる。やっと1年、まだ1年。この映画についてはこの記事で思いのたけをぶちまけたけど、今でもフラッシュバックのようにシーンが蘇る。脳内で、あの音楽とともに。

どういう理由でかはわからないけれど、心を激しく掴んで揺さぶってくるものとの出会いは年々減っているように感じている。私の感性が死につつあるのか、出会うべきものにはすでに出会ってしまっているのか、あるいは別の理由なのかは知らない。最近は即効性のある一過性の劇薬みたいな興奮を買って、退屈を凌いでいる、と感じるときすらある。

 

LA LA LANDについて考えるとき、いつも最終的には人間関係の継続性について考えることになる。

人間関係はナマモノだ。関係性は一度獲得したら続けなくてはならない。義務ではないけれど、そうしない限りあっという間に失われてしまう。買ってきた花に水をやらなかったらあっという間に枯れてしまうとか、そういった原理。

例えば一時の親友なんて存在しなくて、一方あるいは両方による関係性を継続・維持したいという意思の存在が持続しなくてはならない。恋愛より友情のほうが厄介だと思うのはこのせいだ。友情は恋愛よりもよほどグレーで流動性が高い。相手をたった一人に絞る必要もなく、意思確認のイベントも格段に少ないからだ。

 

初夢を見ることに、わくわくしなくなったのはいつからだろう。

夢の内容は、残酷なほどアンコントローラブルだ。見る人の意志なんてお構いなしのキャストと脚本。夢を見るのが怖くなったのは、夢に出てきてほしい人よりも出てこないでほしいひとのほうが増えてきたから。たとえ初夢にみたところで、正夢にはなりえない。そんな人が増えてきて、たぶんこれからも増え続ける一方だから。

そういう人たちとは、きっぱりと決別できていないのだ。ミアとセブが二人の分岐点をそれぞれの言葉であらわして、繋いだ手を離したような、決別が。決別する機会すらきっともうない、空白の時間に薄められた関係性を見せつけられて、打ちひしがれる。それが怖いから、夢を見ることはもう好きになれないと思う。

デパコスというドーピング

年に4回くらい、どうしてもデパコスを買いに行きたくなってむずむずする時期が来る。大体は季節の変わり目で肌の調子が不安定だとか、ネットで新しい商品のパッケージを見てそれが可愛いのでほしいだとか、そういったきっかけだ。

 

すっぴんが可愛い女の子のことしか信用していないすっぴん至上主義者ではあるが、とはいえいざ自分のこととなると背に腹は代えられないので、お化粧というものをそこそこ嗜むようになった。

真面目に始めたのは大学に入ってからだったので、遅すぎも早すぎもしないだろうというところ。「化粧品と言えばシャネル」と言って憚らない母の影響で、あまりプチプラコスメは買わない主義だ。

 

化粧をすることと自炊することは私にとって同じジャンルに入っていて、どちらも自分を大切にしている/する余裕がある、と実感するための手段だ。

化粧といってもスキンケアに力を入れるだとか生活リズムをできる限り正しくするなど、その前後のフェーズも含まれているから、言わば「丁寧に暮らせているという実感」を得るために行うルーティンである。

だからデパコスを買うことは、私にとっては少しいい塩、オリーブオイルやドレッシングを買うとか、たまにジャンポールエヴァンのチョコレートを買うだとか、そういった購買行動と同じカテゴリに属している。

 

そういう位置づけであるから、ときどき買い足す化粧品はデパコスである必要がある。わけのわからないフレーズを繰り返すBGM、赤字で強調された値段、ぺらぺらのPOPに囲まれた、できる限り生産コストを落とした企業努力のたまものには、そういう効果はないからだ。ドラッグストアはあくまでも「必要なものを買い足す場」でしかない。

こちらを値踏みするような一瞥をくれる美人のお姉さん(化粧濃いめ強め)に綺麗な声で唆されて、そのパッケージを自分のコスメポーチに収納するところまで想像しながらタッチアップしてもらって、プロの手でいつもよりちょっと綺麗にしてもらうまでが、デパコスを買う効用だと思う。あと可愛いロゴのついたきちんと分厚い紙袋だってほしい、特に何かに使うあてがあるわけではないけれど。

 

自分の機嫌がどんどん高価になっていっている気もするが、自分で自分の機嫌を取るための一つの手段であることは確かだ。同時に、お金を稼ぐことのモチベーション維持装置でもある。

というわけでどなたかおすすめのパウダーファンデを教えてください。

さらわれた午後

 四月七日。
 今日は始業式だった。クラス替えの発表にも慣れた、もう3回目だもの。去年仲良くしていた子とは大体離されて、やっぱりなと思った。中高一貫の長い長い六年間の三年目、先生たちはまだ私たちに、”まんべんなく”、仲のいい友達を増やしてほしいんだろうね。
 四月の教室のそわそわした感じが苦手だ。飛び交っているみんなの思惑がどこか透けて見えるようで。女の子の面倒くささを見せつけられる。自分自身そわそわしていると、自覚してしまうのも好きじゃない。
 始業式だから午前で終わりだったんだけど、部活があるからお昼も学校で食べた。ホームルーム終わりに、一緒にご飯を食べようと思ってYのいるC組に行った。去年は同じクラスだったから楽だったなあ、今年はお昼どうなるんだろう。新しいクラスで仲のいい子を作れるといいけれど。Yは友達作るの上手だからきっとそつなくやるんだろうな。そういうやつだ。そこがいいとこでもあるし。
 名字がア行の人って、いつも年度の初めは窓側の席になるからうらやましい。窓側の席は便利、窓枠のところを棚みたいに使えるから。先生たちもなんでか怒らない。Yはカ行だから、今年は窓側から二列目だった。Yの前に何人ア行がいるかで左右されるんだろう。
 ホームルーム後の教室には、午後の部活のためにお弁当を持ってきている子と、ただなんとなくたむろしているだけのそうでない子たちがいる。Yに声をかけようと思ったときにふと見えたあの光景、なんだったんだろう。
 初日なのにもうたくさん荷物が積まれた窓枠に寄りかかってた、髪が肩につくよりちょっと長いくらいの子。この2年間で見たことない。あんなきれいな子うちの学年にいたんだ。窓から入り込んだ日射しで輪郭がぼやけてて、絵になってた。カーテンが風で揺らいだとき、あの子の身体に半分くらいかかって、窓の外に連れ去られちゃうんじゃないかって。あの瞬間本気でそう思っていた。教室の喧騒からあまりに浮いていて、ちょっと気味が悪いくらい。教室を眺めていただけなのかな。ぼーっとしていた。
 こういうのが脳裏に焼き付く、ってことかな。こんなの初めてだからびっくりした。部活は何事もなく、いつも通り。中学最高学年だからしっかりしろって何回も言われてうんざりだったけど。今年ずっと言われるんだろうな。

「この前さ、昔の日記読んでたの」
「え、日記なんて書いてたんだ。えらっ」
「親が書けってうるさくて。そしたらあなたのことが出てきた」
「えーなんて?」
「うーん…窓の外に連れ去られそうって」
「は?」
「不思議だよね、まさか高校でずっと同じクラスになるとはねえ」
「ちょっと、話を進める気がないまま話するその癖やめなさい」

2017年にインプットしたものまとめ

あけましておめでとうございます。
昨年はこのブログを1か月に1回は更新するというゆるい目標のもとゆるっと書き、色々な方に読んでいただけてたまに読んだよ報告や感想などいただけて、励みになりました。
長い間まとまった文章を書くという行為から離れていたので、リハビリのつもりで書いていたのですが、書きたいという欲求への刺激に対してここ数年の間ではもっとも敏感になることが徐々にできつつあるので、今年も虚実入り交えて続けていきたいと思います。お付き合い、どうぞよろしくお願いします。


確かこの4年ほど、「毎月10以上、年間120以上の物語を摂取する」という目標を掲げていて、読んだもの観たもの聞いたものはすべて手帳に記録しているのですが、ここで整理することで「こんなものを好んでいる人間ですよ」ということが伝わり、かつ自分の振り返りにもなるかなと思うのでちょっと総括してみます。

総論

1年間で摂取したのは135作品。そのうち本・映画・歌舞伎で102作品ということで、これらで75%くらいを占めていました。

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去年は突然歌舞伎を観に行く義務感のようなものに駆られ*1、特に下半期はチケット発売と同時に購入を繰り返すなど、何かに憑りつかれたかのように劇場に通っていました。その印象が強かったので歌舞伎ばっかり観ていたような気がしていたのですが、整理してみたら本33冊、映画34本、歌舞伎35作ということで意外とそんなに変わりませんでした。

各論

歌舞伎

35作品のうちトップ3を選ぶとしたら。基準が非常に難しいのですが、舞踊というよりも演劇面により重きを置いて判断するのであれば、『野田版 桜の森の満開の下』(八月納涼歌舞伎@歌舞伎座)、『仮名手本忠臣蔵』(十一月歌舞伎@歌舞伎座)、『人情噺文七元結』(十二月顔見世@京都ロームシアター)でしょうか。
歌舞伎っていろんな観方ができるのですが、私はやはり物語として摂取している以上話の展開やセリフに意識を向けがちで(そうでない場合は例えば役者さんの綺麗さ、演出、舞踊の振り、お囃子の音楽など色々あります)、その点でこの3作品は、未だに思い出す印象的なシーンをたくさん持っていたように思います。
基本的には古典が好きなので、近現代劇はあまり好んで観ないのですが、『桜の森の満開の下』についてはnoteで書いた通り色んな”たくらみ”を深読みしたり考えたりするのが楽しく、刺激的な作品でした。「鬼」というテーマに興味があるのでそこも引っかかったポイントかな。
note.mu

仮名手本忠臣蔵』と『人情噺文七元結』については、観ている側の感情を揺さぶる構成があまりに巧みで、それを演じる役者さんたちの演技があまりに見事で、忘れられない作品になりました。『仮名手本忠臣蔵』では、美しさって整然としたものと乱れたものと両方あるよなあということを思いながら、その救いのなさが色っぽく映りました。『人情噺文七元結』は泣いたり笑ったり忙しない、典型的な世話物。言葉のボリュームに圧倒されながら楽しみました。

今年も「少しでも気になったら観に行く」というスタンスは変えずに、若手層が出演する作品まで手を広げつつ、観た後に自分の中に積もるものを確認しながら観劇していきたいです。

映画

意外と観てるんですよね、映画。大学生の頃に比べれば減ってきていますが。劇場に行くよりも、Amazonプライムや機内で観ることのほうが多いです。
去年のTOP3は『LA LA LAND』『たかが世界の終わり』『作家、本当のJTリロイ』かな。どれも珍しく劇場で観たものですね。『LA LA LAND』についてはこのブログでも書きましたが、相変わらずサントラを聞くとうっとなるし、苛まれている映画です。お願いだからみんなデートムービーにしないで、個々人で観て過去に思いを馳せてその夜は病んで。
『たかが世界の終わり』はタイトルがあまりに気になって観に行きました。レア・セドゥが好きなのもあって。映画で描かれるのは家族のたった数時間の出来事なのに、それまでの何十年もの記憶や感情に思いを馳せてしまうつくり。「家族って、一番近くにいる他人だよね」と思える人々には、観ていて居心地が悪くなるくらい思い当たる節がたくさん出てくるんじゃないでしょうか。
『作家、本当のJTリロイ』は、吐き続けた嘘の数だけ、ばれた時に失うものが多いということをあまりに生々しく見せてくる映画。ということも考えつつ、「存在している/いない」って何を以ていえるのだろう、例えば十年以上前に会ってからもう二度と会っていない、生きているとも死んだとも聞かない人について、私の知らないどこかで今日も生きている=存在している、と言い切ることができるのだろうか?と考えました。答えはない。たぶんみんなどこかで騙されたがっているのだよね。

本と言いつつ歌舞伎関連のものを読んでいることが多いので、それを除外したTOP3を選んでみます。

前述した歌舞伎『桜の森の満開の下』の原作。坂口安吾って堕落論をはじめとした評論のイメージで、『白痴』などの物語は読んだことがなかったのですが、一貫して屈折した女性観がとても面白かったです。『夜長姫と耳男』は幻想的で残酷な感じ。谷崎潤一郎よりも酔ってなくて、三島由紀夫よりも寓話的、というポジションなのではないかと思っています。

水いらず (新潮文庫)

水いらず (新潮文庫)

たぶん実家から持ってきて手元にあったので読んでみました。ちょうどフランスに旅行に行った後で、パリが恋しかったので、この本の中の物語の黴くさい感じはとても心地よかった。今プルーストの『失われた時を求めて』を読み進めていて、これまで外国文学ってあまりきちんと通っていないので、今年は体系的に読みたいなと思っています。

往復書簡 初恋と不倫

往復書簡 初恋と不倫

去年どハマりしたドラマ『カルテット』の脚本家の坂元さんの著作。衝動買いしました。読み易いのですぐに読み終えてしまうのが勿体ないくらい面白かったです。往復書簡、つまり手紙やメールのやり取りだけなのにきちんと物語が進んでいくのがすごい。なかなか時間を進めさせることって難しいと思うので。カルテットもう一度観たいなあ。

その他

記録を眺めて思い出したことをつらつらと書き連ねていきます。

  • 銀座エルメスの展示がお気に入りになりました。「エルメスの手仕事」展も観に行って、カレ(スカーフ)製作の工程のお話をうかがったり。無料だし、銀座はよく行くのでふらっと立ち寄らせてもらうことが多いのです。
  • 5月には根津美術館に燕子花図屏風を観に行きました。お庭の燕子花もとても綺麗でした。
  • 食事という体験に興味を持ち、辰巳芳子さんの『家庭料理のすがた』、木村俊介さんの『料理狂』、サヴァランの『美味礼賛』、美術手帖11月号の『新しい食』等いろいろと読みました。また別の機会に書こうと思いますが、去年は「(味もさることながら)知的体験として通いたいお店」を見つけ、ときどきお邪魔しています。味覚を言葉にするのってなかなか難しいので、チャレンジしていきたい。
  • 年末にAmazonプライムで『少女革命ウテナ』を一気見しました。放映当時幼かったのであまりちゃんと覚えていなかったのですが、ウテナとアンシー、樹璃さんと枝織さんのことを考えると胸が苦しい…。『輪るピングドラム』が大好きなのですが幾原監督ほんとうにすごいし、寺山修司を読まなくてはと思っています。


今年も感情を揺さぶられるものにたくさん出会えますように!

*1:これまでも年に数回は観に行っていたのだが、八月の歌舞伎座を観て「歌舞伎って何なんだ?何の条件を満たせば歌舞伎と言えるんだろう?」と思うようになり、それを考えるためには数を観なくてはならない気がして通い詰めたのだった